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Ⅱ-3 卵巣癌領域

BRCA1/2 病的バリアント保持者の卵巣癌発症リスク低減のために低用量経口避妊薬(OC)あるいは低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP)の内服は推奨されるか?

推奨

BRCA1/2 病的バリアント保持者に対し,卵巣癌発症リスク低減目的でOCあるいはLEP の内服を条件付きで推奨する。
推奨のタイプ:当該介入の条件付きの推奨
エビデンスの確実性:中,合意率:100%(12/12 名)

推奨の解説:メタ解析の結果から,BRCA1/2 病的バリアント保持者に対するOC あるいはLEP の服用は,卵巣癌発症リスクを低減させる可能性が高い。一方で,卵巣癌発症予防を目的とした場合の服薬期間に関する基準がない点,長期内服による乳癌発症リスクの上昇に関しては不確実性が残る。本介入は,卵巣癌発症予防を目的としたRRSOの効果を上回るものではないことを考慮し,十分な話し合いのうえで決定していくのが望ましい。

  1. 1本CQ の背景

    一般集団では低用量経口避妊薬(oral contraceptives:OC)あるいは低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(low dose estrogen-progestin:LEP)は卵巣癌の発症リスクを低下させる。BRCA1/2病的バリアント保持者の卵巣癌予防には,2020 年に一部保険収載されたRRSO が推奨されるが,2024年現在,癌未発症者に対しては適応疾患がなければ保険適用外である。またNCCN 等のガイドラインで推奨されるRRSO 施行時期は35~40 歳であり,わが国では該当年齢でRRSO を施行するBRCA1/2 病的バリアント保持者は少ない。一方で,卵巣癌の早期発見に対して,経腟超音波断層法や血清CA125 を用いたスクリーニングの有用性は認められていない。そこで本CQ では,BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する卵巣癌発症リスク低減のため,OC あるいはLEP が化学予防(薬物療法)として推奨されるかどうかを検討する。これら薬剤の多くはエストロゲンとプロゲスチンの合剤であり,エチニルエストラジオールが50μg 未満のものを低用量という。なお日本では,避妊を目的として用いる薬剤をOC といい,月経困難症や子宮内膜症等の疾患の治療を目的として用いる薬剤をLEP といい区別している。

  2. 2アウトカムの設定

    本CQ では,BRCA1/2 病的バリアント保持者における,OC あるいはLEP 服用者と非服用者の2群間で,「卵巣癌発症リスクの低減効果」「乳癌発症リスク」「有害事象」「費用対効果」「患者の意向」「患者の満足度」を評価した。

  3. 3採択された論文

    「卵巣癌発症リスクの低減効果」に関して,定性的なシステマティックレビューを行い,メタ解析4編,コホート研究2 編,症例対象研究2 編を選択した。「乳癌発症リスク」については,上記と同様のメタ解析4 編を選択した。「有害事象」「費用対効果」「患者の意向」「患者の満足度」に関する該当論文はなかった。

  4. 4アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

    ❶ 卵巣癌発症リスクの低減効果(益)

    2010 年に報告された卵巣癌を発症した1,503 例と発症していない6,315 例のBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたメタ解析では,BRCA1 病的バリアント保持者〔要約相対リスク(summary relative risk:SRR):0.51(95%CI:0.40-0.65)〕およびBRCA2 病的バリアント保持者〔SRR:0.52(95%CI:0.31-0.87)〕のいずれもOC 服用により卵巣癌発症リスクが約50%へ有意に減少した。その他のメタ解析1 編および症例対照研究2 編では,OC 服用による卵巣癌発症リスクがOR として0.56-0.60(BRCA1),0.21-0.63(BRCA2)と報告されている。またメタ解析2 編とコホート研究2 編では,OC 服用による卵巣癌発症リスクがHR として0.51-0.55(BRCA1),0.57-1.04(BRCA2)が示されている。

    【エビデンスの確実性:中もしくは強】

    ❷ 乳癌発症リスク(害)

    一般集団において乳癌発症リスクはOR:1.08 と報告されている。2010 年に報告された乳癌を発症した2,855 例と発症していない2,954 例のBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象としたメタ解析では,BRCA1 病的バリアント保持者〔SRR:1.09(95%CI:0.77-1.54)〕およびBRCA2 病的バリアント保持者〔SRR:1.15(95%CI:0.61-2.18)〕のいずれもOC 服用により乳癌発症リスクは上昇しない。その他のメタ解析1 編では,OC 服用による乳癌発症リスクがOR として1.08(BRCA1),1.03(BRCA2)と報告されている。また別のメタ解析2 編では,OC 服用による乳癌発症リスクがHR として1.19-1.24(BRCA1),1.36-1.40(BRCA2)と示されている。一方,最新のメタ解析では,5 年を超えるOC 使用でBRCA1 病的バリアント保持者では,OR:1.40(95%CI 1.26-1.57),BRCA2 病的バリアント保持者でOR:1.49(95%CI 1.15-1.93)とともに有意な乳癌発症リスク上昇を認めた。

    【エビデンスの確実性:中もしくは弱】

    ❸ 有害事象

    採用研究はなかった。

    【エビデンスの確実性:該当論文なし】

    ❹ 費用対効果

    採用研究はなかった。

    【エビデンスの確実性:該当論文なし】

    ❺ 患者の意向

    採用研究はなかった。

    【エビデンスの確実性:該当論文なし】

    ❻ 患者の満足度

    採用研究はなかった。

    【エビデンスの確実性:該当論文なし】
  5. 5システマティックレビューのまとめ

    ❶ 益のまとめ

    メタ解析4 編,コホート研究2 編,症例対象研究2 編では,BRCA1/2 病的バリアント保持者,BRCA1 病的バリアント保持者,BRCA2 病的バリアント保持者の3 群に分けてOC 服用による卵巣癌発症リスク低減効果を検証している。これらの結果より,総じてBRCA1/2 病的バリアント保持者を対象とした場合,OC 服用による卵巣癌発症リスクの低減効果(OR もしくはHR:0.5-0.6)が報告されており,再現性の高い結果と考えられる。

    ❷ 害のまとめ

    OC 服用による乳癌発症リスクについては,メタ解析4 編から,BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象とした場合,有意に乳癌発症リスクは上がらないと報告されている。しかしながら,最新のメタ解析では,5 年以上の長期投与による乳癌発症リスクの有意な上昇が報告されている。  内服したOC 製剤の違い,内服期間の違い,人種の違いなどがバイアスリスクと考えられる。製剤を特定しない複数のメタ解析において,卵巣癌発症リスクの低減効果が報告されていることからバイアスリスクは深刻ではないと考えられる。また引用した文献はすべて海外において検証されたものであり,人種の違いが影響する可能性は否定できない。OC 服用による卵巣癌と乳癌のリスクを同時に検討するには,BRCA1/2 病的バリアント保持者における各癌種の年齢分布に大きな違いがあることを十分に考慮する必要がある。

  6. 6推奨決定会議における協議と投票の結果

    本CQ の推奨決定会議参加対象委員12 名の内訳は,乳癌領域医師2 名,婦人科領域医師2 名,遺伝領域医師2 名,遺伝看護専門看護師1 名,認定遺伝カウンセラー2 名,患者・市民3 名であった。推奨決定会議の運営にあたっては,事前に資料を供覧し,参加対象委員全員がEvidence to Decision フレームワークを記入して意見を提示したうえで,当日の議論を行った。推奨決定会議には参加対象委員全員が参加した。

    ❶ このCQ の優先度

    このCQ は,卵巣癌のサーベイランスが確立されていない現状において,がんの一次予防に関わる課題として優先度が高いと考えられる。一方,RRSO に勝る予防法ではないという観点から「おそらくはい」との意見があった。

    ❷ 介入の望ましい効果

    この介入に関して望ましい効果については,多数のメタ解析よりエビデンスが蓄積されている。しかしながら,これら報告において,薬剤の使用期間に関する情報はあるが,観察期間に関する情報が明確ではない。また現状において,BRCA1/2 病的バリアント保持者に対する本薬剤の使用は,適応症がない限り保険適用外である。

    ❸ 介入の望ましくない効果

    この介入に関して望ましくない効果については,過去のメタ解析から乳癌の発症リスクは上昇しないとされている。一方,これらの報告にばらつきがあり,また5 年を超える使用では,乳癌発症のリスクが上昇するとの報告もある。したがって,乳癌の発症リスクが高いBRCA1/2 病的バリアント保持者が対象であることを加味すると,望ましくない効果は中等度との意見があった。OC あるいはLEP 服用に関する一般的な有害事象として,静脈血栓塞栓症発症のリスクは,非使用者に比してわずかに増加する程度である1)

    ❹ エビデンスの確実性

    10 投票結果では,この介入に関するエビデンスの確実性は中等度が12 名であった。

    ❺ 患者の価値観

    これまでの報告のすべてが国外からのものであり,わが国における検証がないことに留意する必要がある。またこれまでの検討では,OC 服用と経過観察を比較するものが中心であり,RRSO との比較が行われていないことは,重要な不確実性の要因となる。実臨床では,保険適用がないことや,長期間の使用による乳癌発症リスクの上昇が否定できないことから,積極的な介入が行われていない可能性がある。一方,RRSO 施行に至る期間における予防法の選択肢として重要であるとの意見があった。

    ❻ 望ましい効果と望ましくない効果のバランス

    乳癌のサーベイランスは確立しているが,卵巣癌のサーベイランスが確立していないことから,卵巣癌発症のリスク低減効果と比べて乳癌発症リスクの上昇は許容されるのではないかとの意見があった。しかしながら,OC 服用による卵巣癌と乳癌の発症リスクを同時に検討することは各癌種の発症年齢分布に大きな違いがあることから困難であることに留意する必要がある。

    ❼ 費用対効果

    費用対効果に関する論文は抽出されなかった。

    ❽ 容認性

    がん未発症のBRCA1/2 病的バリアント保持者に対するRRSO が保険承認されていない現状において,今後,わが国において若年のがん未発症者の診断が増えてきた場合,OC あるいはLEP 服用の選択肢は重要であると考えられる。また,本介入は保険適応外であるが,費用については比較的高額ではないことから容認されるとの意見があった。一方,卵巣癌発症予防に関する製剤と服薬期間に関して明確な基準がないことが容認性に影響を与える可能性がある。

    ❾ 実行可能性

    現時点では,保険適用外であることが実行可能性の障壁と考えられるが,がん未発症のBRCA1/2病的バリアント保持者にとっての重要なオプションであると考えられた。なお,添付文書上,OC あるいはLEP は乳癌患者への使用は禁忌である。

    ❿ 推奨のタイプ

    推奨決定会議では「当該介入の条件付きの推奨」とした理由として,卵巣癌発症予防を目的とした場合の服薬期間に関する基準がないこと,長期内服した場合の乳癌発症リスクに関して不確実性が残ることがあげられた。特に,BRCA2 病的バリアント保持者ではベースラインのホルモン受容体陽性乳癌発症リスクが高く,OC あるいはLEP 内服の影響には不確実性が残るという意見があった。また本介入を選択しても,卵巣癌発症予防を目的としたRRSO の効果を上回るものではないことに留意すべきとの意見があった。

  7. 7関連ガイドラインにおける記載

    NCCN ガイドライン2)では,下記のように記載されている。OC 服用と乳癌発症リスクに関して,各種バイアス(症例対照研究で使用された研究デザインの違い)により研究間での比較が困難となっている。例えば,研究の対照集団を規定する基準(BRCA1/2 バリアント非保持者ないしはがん未発症のBRCA1/2 バリアント保持者),乳癌や卵巣癌の家族歴の判断基準,母集団の基準(国籍,地域,民族,年齢),発症年齢,使用したOC の種類と期間などがそのバイアスの要因となっている。以上よりOC服用と乳癌発症リスクに関する評価は,大規模前向き臨床試験により検討される必要がある。

  8. 8今後の課題

    ❶ 研究課題

    該当なし。

  9. ❷ モニタリング

    本CQ に関して,OC あるいはLEP 製剤の種類,OC あるいはLEP 服用期間,人種(日本人を対象),乳癌発症を含めたOC あるいはLEP 服用による有害事象等について,各BRCA に分けたモニタリングが必要と考えられる。

  10. 9外部評価結果の反映

    外部評価では内容に関する大きな指摘はなかった。

  11. 10主な検索キーワード

    BRCA,HBOC,combined oral contraceptives,side effect,cost,patient preference,climacteric symptom

  12. 11参考文献

    • 1) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会.産婦人科診療ガイドライン婦人科 外来編2023.pp178‒183,日本産科婦人科学会,2023.
    • 2) National Cancer Comprehensive Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Genetic/Familial High‒Risk Assessment:Breast, Ovarian, and Pancreatic. Version 2. 2024.
  13. 12参考資料

    文献検索式,エビデンス総体評価シート,システマティックレビューレポート,Evidence to Decisionフレームワークは,JOHBOC ホームページに掲載。