Ⅱ-1 遺伝子診断・遺伝カウンセリング領域
BRCA1/2 病的バリアントが検出されなかった場合,実施した検査技術の範囲ではBRCA1/2 の関与を否定できるが,検査対象になっていない遺伝子の関与や実施した検査では同定できない病的バリアントの存在は否定できない。家族歴,既往歴を含めて遺伝学的リスクの再評価を行い,必要に応じて多遺伝子パネル検査(MGPT)を考慮する。
特定の家族歴や既往歴から遺伝性腫瘍を疑い,診断のための遺伝学的検査を実施しても病的バリアントが検出されないことにしばしば遭遇する。わが国における乳癌や卵巣癌の既往歴や家族歴がある集団にBRCA 遺伝学的検査を実施した報告では,病的バリアントなし73.8%,病的バリアントあり19.7%,VUS 6.5%と,病的バリアントが検出されない症例が最も多かった1)。遺伝学的検査で病的バリアントが検出されなかった場合には,①検査対象外の遺伝子が原因である,②実施した検査の対象遺伝子が原因だが,検出できなかった病的バリアントが存在する,③解析した遺伝子に病的バリアントはない,ということが考えられる。また,遺伝学的検査には,BRCA1/2 のみを解析する検査,MGPT,血縁者診断のための検査があり,それぞれで解析対象の遺伝子や範囲が異なる。病的バリアントが検出されなかった場合について,またその際の対応について検討した。
遺伝学的検査の結果,病的バリアントが同定されなければ現在の検査技術の範囲において解析した遺伝子が原因である可能性は否定的となる。BRCA 遺伝学的検査においても病的バリアントが検出されなかった場合にはHBOC は否定的と考えられる。一方,乳癌や卵巣癌の発症リスクが高くなる遺伝子はBRCA1/2 以外にも存在することが知られている。選択バイアスのない乳癌患者7,051 人を対象とした大規模な症例対象研究において乳癌関連11遺伝子を解析した結果,病的バリアントが同定された症例の57.3%がBRCA1/2 であったが,それ以外の33.7%においてPALB2,TP53,PTEN,CHEK2,NF1,ATM,CDH1,NBN,STK11 で病的バリアントが検出された2)。また,選択バイアスのない卵巣癌患者230 人に対しBRCA1/2 を含む75 または79 遺伝子を解析した結果では,病的バリアントはBRCA1/2 で11.8%,それ以外の9遺伝子で6.0%の同定率であった3)。その他,前立腺癌や膵癌においても同様の報告があり4)5),BRCA 遺伝学的検査で病的バリアントが検出されなかった場合でも,遺伝性腫瘍は否定ができない。BRCA1/2 に病的バリアントがなかった場合に,MGPT を実施することで他の遺伝性腫瘍の確定診断が可能となるため,家族歴や既往歴をもとに遺伝学的リスクの再評価を行ったうえで,MGPT の選択肢について議論する。
MGPT にて病的バリアントが検出されなかった場合においては,BRCA 遺伝学的検査を単独で実施した場合よりも遺伝性腫瘍を除外できると考えられる。ただし,MGPT に搭載されている遺伝子の種類や数は検査会社でも異なるため,どのような遺伝子が解析対象になっているのかを把握しておく必要がある。
また,血縁者診断に用いられる遺伝学的検査では,発端者で同定された遺伝子の病的バリアントを含む限られた領域のみを解析するシングルサイト検査が一般的である。血縁者診断を目的として家系内での既知の病的バリアントが同定されなかった場合には,発端者と同じ病的バリアントは保持していないことが確定できるが,HBOC は比較的病的バリアント保持者頻度の高い遺伝性腫瘍(約1/400~1/500)であり6),発端者とは別のBRCA1/2 病的バリアントを保持している可能性も考慮する場合がある。そのため,血縁者診断で病的バリアントが検出されなかった場合でも,発端者側の家族歴だけでなく(例えば,母方でHBOC と診断されている発端者がいる場合,父方の家族歴),両方の家族歴を詳細に聴取することが不可欠である。
BRCA 遺伝学的検査はBRCA1/2 の翻訳領域のエクソンとスプライス部位を含むイントロン側の数塩基から数十塩基をシーケンスする検査法と,大規模な欠失,挿入(copy number variants:CNV)を検出する検査法を併せて行うことが標準的であり,現在保険収載されているBRCA 遺伝学的検査もこの標準的な検査法で行われている。多くの病的バリアントは一般的な翻訳領域のシーケンシングとCNV 解析で検出できると考えられているが,エクソンから離れたイントロン部位等のシーケンス範囲外に病的バリアントが存在する可能性もある。スプライス異常を引き起こす可能性のあるイントロン深部の病的バリアントを検出することは検査会社の検査では困難である。RNA の解析を含むと11%で従来の翻訳領域のシーケンシングとCNV 解析では検出できなかった病的バリアントが検出されたという報告もあり7),遺伝学的検査で病的バリアントが検出されなかった場合には実施した検査では検出できない病的バリアントの可能性についても考慮が必要である。
欧米諸国では,遺伝学的検査以外に臨床情報から乳癌発症リスクを評価し,個別のリスクに応じて乳房MRI も含めたサーベイランスが推奨されている8)。一方,わが国においては同様の疾患リスク評価に関するエビデンスはなく,今後リスクに応じた医学的管理手法の構築が望まれる。
遺伝学的検査により遺伝性腫瘍の可能性が否定された場合でもがんに罹患しない,あるいは罹患し難いことを意味するわけではなく,少なくとも一般的ながんの発症リスクはあるため,一般集団と同様の対策は必要である。乳癌や卵巣癌の場合,性別や年齢(加齢),家族歴,既往歴,出産歴,肥満,喫煙等,一般的ながんのリスク因子や対策について情報提供を行うことが望ましい。
本人および血縁者は,病的バリアントなしの結果報告直後は落ち着いた心理状態であっても,既往歴や家族歴等からリスクの高い人,検査前に陽性であることを強く意識している人等は,もともともつ認識からの影響を再度受け,検査後にがんに対する不安や疑念を改めてもつ場合もある9~11)。また,病的バリアントが検出されなかった当事者が,リスクやフォローアップの必要性を理解していても,血縁者と検査結果を情報共有する価値は低いと認識し,必要な情報が共有されないこと等により血縁者の不必要な心配や誤解を招く場合もある。このため,病的バリアントが検出されなかったという情報についても,家系内で共有することは重要である。
心理的影響は個別性が高いものではあるが,まず病的バリアントがない場合の意義と対応について検査前から,個別のリスク評価結果に基づいて説明する。結果報告後,本人や血縁者の心理的変化,検査ニーズの変化,保険収載等,社会的状況の変化があった場合は,遺伝学的リスクの再評価を行う。追加の遺伝学的検査の再検討等を含め,フォローアップが必要なクライエントに対しては遺伝医療部門等と連携することが望ましい。
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