Ⅱ-1 遺伝子診断・遺伝カウンセリング領域
以下の条件を満たすクライエントに対して,HBOCを含む遺伝性腫瘍の遺伝学的検査を提供することが望ましい。
遺伝性腫瘍は,原因となる遺伝子の生殖細胞系列における病的バリアントに起因し,全がんの5~10%に認められる。遺伝性腫瘍は家系内に同じがんの集積がみられ,若年発症,多発がん(同じ臓器に複数回,ないし対側にできる),重複がん(異なる臓器にできる)を特徴とする。
1994~1995年にかけて,BRCA1 およびBRCA2(BRCA1/2)遺伝子が遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)の代表的な原因遺伝子として同定されて以降,HBOC診断目的の遺伝学的検査はBRCA1/2 を中心に行われてきた。近年,次世代シーケンサーの技術開発と市場への普及により,低価格で迅速に複数の遺伝子の配列を決定することが可能となり,海外ではBRCA1/2を含む多遺伝子パネル検査(multi-gene panel testing:MGPT)が主流となっている(遺伝BQ2 参照)。一方でわが国においては保険収載がされていない(2024年5月時点)。
2019年から標準治療のないあるいは標準治療が終了(予定)した固形がんを対象に新規治療法を探索する目的でがん遺伝子パネル検査が,2021年に卵巣癌のポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ〔poly(ADP-ribose)polymerase:PARP〕阻害薬のコンパニオン診断としてmyChoice 診断システムが保険収載された。これらの検査は体細胞(腫瘍細胞)を対象とした検査であるが,同時に生殖細胞系列由来が疑われる病的バリアントが検出され得るため,二次的所見が疑われる場合には適切な遺伝カウンセリングと遺伝学的検査を提供する必要がある。
2018年以降,国内ではPARP 阻害薬の1つであるオラパリブが,BRCA1/2 病的バリアント保持者の乳癌,卵巣癌,膵癌および前立腺癌において順次保険適用となり,コンパニオン診断としてBRCA遺伝学的検査も保険収載された。2020年4月からは一部の乳癌と卵巣癌発症者に対して,遺伝医療としての血液検体によるBRCA 遺伝学的検査,遺伝カウンセリング,リスク低減手術〔リスク低減乳房切除術(risk reducing mastectomy:RRM)やリスク低減卵管卵巣摘出術(risk reducing salpingo-oophorectomy:RRSO)〕,サーベイランスが保険適用となり,わが国でも大きなパラダイムシフトを迎えている。一方で,HBOCと診断されたクライエントの家族(血縁者)および乳癌および卵巣癌以外のがん発症に対する遺伝学的検査,リスク低減手術,サーベイランス等の遺伝医療はすべて保険未収載であり,同じHBOC(疑い)の診断名であるにもかかわらず適切な予防医療を提供できない矛盾が生じている。
HBOCを含む遺伝性腫瘍は,そのほとんどががん抑制遺伝子による常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式を呈する。第一度近親者は50%,第二度近親者は25%,第三度近親者は12.5%の確率で発端者と同じ病的バリアントを保持する。HBOCにおいて,遺伝学的検査を行い病的バリアント保持者を同定し,予防介入を行うことによる予後改善効果は,乳癌や卵巣癌の発症・未発症を問わないことが示されている1)。一方,病的バリアントがないことを確認することは,過剰な予防医療や,がん発症リスクおよび次世代への遺伝伝達等の不安を低減することができる。そのため,現時点ではわが国では保険未収載ではあるが,発症・未発症を問わず,遺伝性腫瘍の病的バリアントを保持する可能性のある血縁者への遺伝学的検査の情報提供が望ましいといえる。
英国国立医療技術評価機構(NICE*)では,リスク評価ツールによりBRCA1/2 病的バリアントの検査前確率が10%以上と算出される場合を遺伝学的検査の対象としている2)。
一方で,最近のNCCN*ガイドラインでは,検査前確率が5%以上を対象に遺伝学的検査を施行することが推奨されている(表1)3)。HBOC 関連がんを発症した場合,未発症の血縁者を含め,MGPT による遺伝学的検査が推奨される(遺伝BQ2,遺伝BQ4 参照)3)。しかし,わが国ではHBOC 診断目的のBRCA 遺伝学的検査が一部の乳癌と卵巣癌既発症者に対してのみ保険適用になっており,経済的負担を考慮して自費診療となるMGPT を実施する前に,BRCA 遺伝学的検査を施行する事例が多いのが現状である。HBOC 関連がんに関するBRCA 遺伝学的検査の詳細は各BQ を参照されたい(乳癌BQ1,卵巣癌BQ1,膵癌BQ1,前立腺癌BQ1 参照)。
NCCN:National Cancer Comprehensive Network
NICE:National Institute for Health and Care Excellence
(1) 乳 癌
乳癌の5~10%は遺伝性と報告されており,その約半数がBRCA1/2 の生殖細胞系列病的バリアントを保持している4)5)。単発性乳癌と診断された女性35,409 人が25 遺伝子のがん易罹患性遺伝子パネル検査を受けたところ,約9.3%に生殖細胞系列病的バリアントが認められ,そのうち約50%がBRCA1/2 であったが,その他にCHEK2(11.7%),ATM(9.7%),PALB2(9.3%)が高頻度に認められた6)。選択バイアスのない日本人女性の乳癌患者7,051 人を対象とした11 遺伝子による遺伝性乳癌関連遺伝子パネル検査の結果では,404 人(5.7%)にいずれかの遺伝子に生殖細胞系列病的バリアントが認められた。内訳は,BRCA1 が102 人(1.45%),BRCA2 が191 人(2.71%),CHEK2 が26 人(0.37%),PALB2 が28 人(0.4%),ATM が22 人(0.31%)であり,TP53(Li-Fraumeni(リ・フラウメニ)症候群)やPTEN(Cowden(カウデン)症候群)の病的バリアントも少数に認められた7)。BRCA1/2 病的バリアントを保持する場合,女性の生涯乳癌リスクは約40~70%となる8)。その他PALB2,CDH1,PTEN,TP53,STK11 は高リスク,ATM,CHEK2,BARD1,RAD51C,RAD51D は中リスクの乳癌易罹患性遺伝子として知られている9)~11)。乳癌罹患女性は罹患者が多いため,家族歴・病歴などの表現型から対象を限定して遺伝学的検査を提供するのか(表1),すべての乳癌患者に提供するのかは費用対効果等も考慮したうえで決定すべき問題である。
(2) 卵巣癌
卵巣癌におけるBRCA1/2 の病的バリアントの割合は,人種差はあるが5~30%の頻度で認められる12)。日本人の卵巣癌230 人を対象とした研究では,BRCA1 が19 人(8.3%),BRCA2 が8 人(3.5%)に病的バリアントが検出された13)。検査前確率5%という視点からみて,全卵巣癌既発症者に対しBRCA 遺伝学的検査が推奨される。BRCA1/2 以外の生殖細胞系列病的バリアントの頻度は,米国の2つの州で遺伝学的検査を受けた卵巣癌患者のコホート研究において,CHEK2(1.4%),BRIP1(0.92%),MSH2(0.79%),ATM(0.64%),RAD51C(0.58%),RAD51D(0.48%),PALB2(0.4%),MSH6(0.4%)と報告されている14)。BRIP1,RAD51C,RAD51D の病的バリアントは,卵巣癌の既往がある女性の1.6%に認められた15)。NCCN ガイドラインやUK consensus では,PALB2,RAD51C,RAD51D,BRIP1 は卵巣癌の生涯発症リスクが5%以上あり,50 歳になる前にRRSO が考慮されるべき遺伝子としている3)16)。
(3) 膵 癌
2,445 人の膵癌患者に対し,25~35 遺伝子のMGPT を施行した結果,271 人(11.1%)に生殖細胞系列病的バリアントが認められ,頻度の高い順にBRCA2(2.9%),ATM(2.1%),BRCA1(1%),PALB2(0.9%)であった17)。日本人の症例対照研究の報告では,1,005 人の膵癌患者に対して27 遺伝子のMGPT を施行し,67 人(6.67%)に病的バリアントを認め,BRCA2 が25 人(2.49%),ATM が17 人(1.69%),BRCA1 が9 人(0.9%),APC とPALB が各2 人(0.2%)であり,対照群に比べて有意に高く(OR 7.9-23.6)病的バリアントを保持していた18)。選択バイアスのない膵癌患者のうち約2~5%でBRCA1/2 の病的バリアントが認められる。検査前確率が5%以下であるが,診断時に切除可能とされるのは10~15%で,約50%は予後不良の切除不能膵癌(局所進行または転移性)と診断されるため19),診断後速やかに患者の遺伝学的検査を行うことが,血縁者診断に繋げるうえで重要と考えられる3)。Abe らのレビューによると,膵癌患者に高頻度に認められる遺伝子の相対危険度はそれぞれBRCA2(2.3-3),BRCA1(3.5-10),PALB2(2.4),ATM(2.4)であるが,MLH1(7.8),STK11(76.2),TP53(7.3),CDKN2A(13-39)においてはより高い相対危険度を示す膵癌関連遺伝子であることが指摘されており,膵癌患者に対してはこれらの遺伝子についても遺伝学的検査が推奨されている20)。
(4) 前立腺癌
局所性前立腺癌患者における癌易罹患性遺伝子病的バリアントの割合は,The Cancer Genome Atlas(TCGA)のデータでは4%であり,17 のDNA 修復遺伝子を搭載したMGPT を施行した結果では4.6%と報告されている21)。一方で家族性前立腺癌を対象とした場合は7.3%22),転移性前立腺癌では11.8%23)に病的バリアントが認められた。Castro らは,前立腺癌症例の臨床病理学的特徴を調べた結果,悪性度の高い低分化癌(グリソンスコア≧8),進行性,転移性の症例に,BRCA1/2 病的バリアント保持者が有意に多くみられた24)。BRCA1/2 以外の生殖細胞系列病的バリアントとしてATM,PALB2,CHEK2,ミスマッチ修復関連遺伝子,HOXB13 等が高頻度に認められた25)。日本人の選択バイアスのない前立腺癌患者7,636 人に前立腺癌易罹患性9遺伝子のパネル検査を施行した結果,2.9%に生殖細胞系列病的バリアントを認め,このうちBRCA1/2 は1.3%〔BRCA1(0.2%),BRCA2(1.1%)〕で認められた26)。これらの報告を踏まえると,悪性度の高い低分化,進行・転移性,家族歴を有する前立腺癌症例において,遺伝学的検査が推奨される。
以上よりそれぞれのがん種に応じた検査対象者に遺伝学的検査が推奨される。病的バリアント検出率,効率性の観点からMGPT が推奨されるが,保険未収載の医療技術のためクライエントの経済的負担が大きい。またMGPT は,わが国では現時点で薬剤使用のコンパニオン診断としても保険収載されていない。適切な対象(遺伝性腫瘍)に,がん治療と予防を提供するために,早期のMGPT の保険収載が望まれる。
(1) がんゲノムプロファイリング検査(CGP)
がんゲノムプロファイリング検査(cancer genomic profiling testing:CGP)は次世代シーケンサーを用いて腫瘍細胞の遺伝子変異やゲノムの変化を網羅的に調べ,ゲノム情報に基づく治療法を探索する検査である。わが国では2019 年6 月から腫瘍と血液を用いたmatched-pair test であるOncoGuideTMNCCオンコパネル(NCCOP)とtumor-only test であるFoundationOne® CDx がんゲノムプロファイル(F1CDx)の2 つの検査が保険収載された。CGP は一定の割合で生殖細胞系列に関わる情報(germline findings:GF)を検出する。NCCOPでは確定したpathogenic germline varian(t PGV)として検出されるが,F1CDx では腫瘍組織のみの検査となるため,生殖細胞系列バリアントと体細胞バリアントの区別がつかない presumed germline pathogenic varian(t PGPV)として検出され,臨床的にactionable な遺伝子に対して,生殖細胞系列検査での確認検査が提案される。2021 年8 月より新たに保険収載されたFoundationOne Liquid CDx がんゲノムプロファイル(F1LCDx)は,血液中の循環腫瘍DNA を用いることで,がん関連遺伝子を解析する。F1LCDx は腫瘍組織を用いた検査に比べ同定される体細胞バリアントのアレル頻度は低い値となり,生殖細胞系列バリアント疑いの判定が容易と予想されるが,F1CDx と同様にPGPV として検出されるので,PGV の確認検査の提案が必要である。
欧州臨床腫瘍学会では,BRCA1/2 はgermline conversion rate(GCR)が80%以上と高く,また他の相同組換え修復関連遺伝子であるPALB2,RAD51C,RAD51D,BRIP1,CHEK2 やミスマッチ修復関連遺伝子などのGCR が高い遺伝子にPGPV が検出された際には,医学的観点からも生殖細胞系列の確認検査が推奨されている。一方TP53,APC,STK11 はGCR が2%未満であり,標的臓器の病歴や家族歴など特徴的な表現型を呈していなければ開示の対象とされていない27)28)。エキスパートパネルで検討されるGF は5~10%程度の確率で検出されるため,適切に評価することで,必要な情報を提供する機会を保障し,不必要な情報を回避することが肝要である。
腫瘍組織からの解析で生殖細胞系列由来のバリアントが検出されない場合もある。F1CDx では,BRCA1/2 の大規模な欠失・挿入,逆位などの遺伝子再構成は,卵巣癌患者の5%で検出されない可能性があると注意喚起がなされている。また腫瘍組織中のBRCA(tBRCA)1/2 で検出されない生殖細胞系列BRCA(gBRCA)1/2 が5.9~12.1%を占めると報告されている29)。腫瘍組織の検査では生殖細胞系列の検査の代わりにならないので,PARP 阻害薬の治療を受けるべき患者(乳癌,膵癌患者ではgBRCA1/2 の病的バリアントが適応判断に必要)や血縁者診断における遺伝学的検査の機会を見逃す可能性がある。
(2) 相同組換え修復欠損(HRD)検査
腫瘍細胞における相同組換え修復欠損(Homologous recombination deficiency:HRD)を評価するmyChoice 診断システムは,PARP 阻害薬のコンパニオン診断として,卵巣癌のみに保険収載されている。ゲノム不安定性(genomic instability:GI)スコアとtBRCA1/2 のバリアントを検出できるが,卵巣癌を対象としたHRD 検査において,tBRCA1/2 の約70%がgBRCA1/2 であるため,CGP 同様に生殖細胞系列の遺伝学的検査が必要となる30)31)。またgBRCA1/2 病的バリアントがない例でもGIスコア陽性(>42)例で病歴や家族歴がある場合は,BRCA1/2 以外のHR 関連遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントの報告(~7%)がなされているため,HR 関連遺伝子の搭載されたMGPT を提案する32)。
CGP と同様にtBRCA1/2 病的バリアントがない例でもgBRCA1/2 病的バリアントを保持する例が存在する。Myriad Genetics 社によると,大規模な挿入・逆位等の構造異常は検出されないことがあり,SOLO1 試験において,gBRCA1/2 病的バリアント保持292 例中8 例(2.7%)にtBRCA1/2 病的バリアントが確認されなかったと報告されている33)。卵巣癌に対しては治療に関係なくgBRCA1/2 の保険適用があるので,HRD 検査とは別にBRCA 遺伝学的検査を提供することが望ましい。
以上より,CGP やHRD 検査で生殖細胞系列病的バリアントが疑われる場合は,十分な遺伝カウンセリングのもとに遺伝学的検査を提案する。しかし病歴と家族歴から遺伝性腫瘍の可能性が高い症例に対しては,体細胞の情報のみにとらわれず,生殖細胞系列の検査を考慮すべきである。
わが国において,PARP 阻害薬(オラパリブ)の保険適用に必要なコンパニオン診断としてのBRCA遺伝学的検査が保険収載されている(表2)。薬剤選択のために行う場合でも,HBOC 診断目的と同じ検査となるため,遺伝情報の特性を検査前に行うことが肝要である(遺伝総論および遺伝BQ4 参照)34)。
BRCA1, BRCA2, genetic testing, hereditary breast ovarian cancer, hereditary breast cancer/ovarian cancer/pancreatic cancer/prostate cancer susceptibility gene, poly(ADP-ribose)polymerase inhibitor, companion diagnostics, homologous recombination deficiency, cancer genome profiling