Ⅱ-2 乳癌領域
BRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌に対し,プラチナ製剤の投与を条件付きで推奨する。
推奨のタイプ:当該介入の条件付きの推奨
エビデンスの確実性:弱または非常に弱,合意率:100%(10/10 名)
推奨の解説:BRCA1/2 病的バリアントを有する転移再発乳癌患者を対象とした臨床試験は存在せず,直接性の高いエビデンスは乏しいものの,これまでの研究のサブグループ解析からは無増悪生存期間や奏効割合が改善される可能性が示唆されている。海外ガイドライン(NCCN,ASCO)では推奨されていることを考慮した推奨決定となっているが,わが国における保険診療での使用は限られていることは診療上の障壁となっている。
BRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌患者に対して,プラチナ製剤の有効性が高い可能性が報告されている。NCCN ガイドラインをはじめとするいくつかの欧米のガイドラインにおいてはBRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌に対してプラチナ製剤使用が推奨されている。わが国ではTNBC の術前薬物療法やPD-L1 陽性の転移再発TNBC の場合には免疫チェックポイント阻害薬の併用としてのプラチナ製剤使用がBRCA1/2 病的バリアントの有無に関係なく保険適用はあり,適応基準は異なるが本ガイドライン2021年版発行時よりもプラチナ製剤は乳癌診療においてより広く使われている。しかしながらBRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌に対してのプラチナ製剤の保険承認はとれていない。日本乳癌学会ではfuture research question(FRQ)のステートメントという形のみでガイドラインとしての推奨度を出していない(推奨度を決定できるエビデンスはない)。このような状況の中でBRCA1/2 病的バリアントに対するプラチナ製剤使用の益・有害事象を検証した。
本CQ ではプラチナ製剤を含む治療群と含まない治療群の2群間で,「全生存期間(OS)」「無増悪生存期間」「生活の質(QOL)」「有害事象」「費用対効果」「患者の意向」「患者の満足度」の7項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューの評価対象とした。
本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 336編,Cochrane 81編,医中誌6編(計423編)が抽出されスクリーニング対象となった。2名のシステマティックレビュー委員が独立して計2回の文献スクリーニングを行い抽出された15編がシステマティックレビューの対象となった。
本ガイドライン2021年版以後に新たに採用されたランダム化比較試験はなかった。
本ガイドライン2021年版以後BRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌に対する薬物治療としてのプラチナ製剤の有用性について,直接プラチナ群と非プラチナ群を比べた臨床試験は存在しなかった。本ガイドライン2021年版で触れたBRCA1/2 病的バリアントを含むTNBC を対象としたランダム化比較試験が2つ存在する(TNT 試験1),CBCSG006 試験2))。いずれもサブグループ解析結果で,BRCA1/2 病的バリアントは割付因子ではなかった。TNT 試験のBRCA1/2 病的バリアントにおけるサブグループ解析では,カルボプラチンによる有意なOS 延長はみられなかった( P=0.97)。CBCSG006 試験ではBRCA 病的バリアントに限った結果は不明である。また最近のChen らの後ろ向き研究では,転移再発群40人のTNBC におけるプラチナ系抗がん薬と非プラチナ系抗がん薬の臨床効果の比較が報告されている。このうちHRD-High の17人は8人(うちBRCA1/2 病的バリアント保持者3人)がプラチナ系抗がん薬による治療を,9人(うちBRCA1/2 病的バリアント保持者2人)が非プラチナ系抗がん薬による治療を受けておりOS の中央値がそれぞれ16.0カ月と38.0カ月と報告されている〔HR:0.40(95%CI:0.09-1.70,P =0.20)〕3)。様々な固形がん,小児がんの遺伝子病的バリアントを調べたProFILER-01 試験のサブグループ解析として,転移再発TNBC に対してプラチナ製剤を治療に用い,その中でBRCA病的バリアントを保持する群(Group A)、BRCA病的バリアントがなく、その他の相同組換え修復関連遺伝子の病的バリアントがあるか、BRCA1またはRAD51C遺伝子のプロモーターにメチル化をもつ群(Group B)、Group A, Bの異常をもたない群(Group C)を比べた試験がある。OS はGroup A vs. Group B vs. Group C で35.0カ月,27.2カ月,32.4カ月で3群に有意差は認めなかった(P =0.77)4)。
Galland らの報告では,単施設の研究で再発乳癌にプラチナ製剤を使用した患者で,BRCA1/2 病的バリアントを保持する7人(5人はGermline のバリアント,2名はsomatic のバリアント)と,BRCA1/2 病的バリアントはなく相同組換え修復欠損(homologous recombination deficiency:HRD)high とHRD low でOS の比較をすると,27.4カ月,14.9カ月,12.3カ月であった。また,BRCA1/2病的バリアントをもつ群と,BRCA1/2 病的バリアントはなくsignature3 high 群とsignature3 low 群に分けて比較をすると,27.4カ月,16.8カ月,12.3カ月であった5)。なお,signature とは全ゲノムや全エクソンシーケンスのデータから塩基置換とその前後を含む3塩基の配列パターンを解析し,変異をきたした要因や背景因子を明らかにする解析である。現在,30のsignature が提唱されており,signature3はBRCA1/2 病的バリアント等の遺伝子のHRD と関連があるといわれている6)。
Wang らは,進行性のTNBC 患者220人に対する後ろ向きの研究で114人がBRCA 遺伝学的検査を受け,プラチナ製剤は91人に,非プラチナ製剤は129人に投与した。プラチナ製剤を投与された症例のうち,BRCA1/2 病的バリアントをもつ7人と,BRCA1/2 病的バリアントを保持しない37人のOS を比較すると,26.5カ月と15.5カ月であった(P =0.161)7)。
プラチナ群と非プラチナ群を直接比較した試験は存在せず,サブグループ解析での言及であること,単施設の研究であること,対象が再発乳癌や進行乳癌であること等,比較対象が一致していなかったため,エビデンスの確実性は中とした。
【エビデンスの確実性:弱または非常に弱】
TNT 試験のBRCA1/2 病的バリアントにおけるサブグループ解析では,無増悪生存期間はカルボプラチン群で良好な傾向がみられた〔中央値:6.8カ月vs.4.4カ月(P =0.002)〕。CBCSG006 試験全体では無増悪生存期間はシスプラチン+ジェムシタビン群(GP)がパクリタキセル+ジェムシタビン(GT)より優れており〔HR:0.692(95% CI:0.523-0.915)〕,BRCA1/2 病的バリアントにおけるサブグループ解析でも無増悪生存期間はGP 群で優れる傾向がみられた〔中央値:8.90カ月vs.3.20カ月(P =0.459)〕。
Chen らの報告では,HRD-High の17人は8人(うちBRCA1/2 病的バリアント保持者3人)がプラチナ系抗がん薬による治療を,9人(うちBRCA1/2 病的バリアント保持者2人)が非プラチナ系抗がん薬による治療を受けておりPFS の中央値がそれぞれ13.6カ月と2.0カ月と報告されている〔HR:0.11(95%CI:0.02-0.51,P =0.001)〕3)。ProFILER-01 試験のサブグループ解析では前述したGroup A,B,C で無増悪生存期間はそれぞれ5.3カ月,3.0カ月,2.1カ月で有意差を認めなかった(P =0.36)4)。
Galland らの報告では,再発乳癌にプラチナ製剤を使用した者でBRCA1/2 病的バリアント保持者群で10.6カ月,非保持者のうちHRD high 群で6.3カ月,非保持者のうちHRD low 群で4.2カ月といずれも有意差はなかった(P =0.08)5)。Wang らの報告によると,プラチナ製剤を投与されたBRCA1/2 病的バリアント保持者7人と,BRCA1/2 病的バリアントを保持しない37人の無増悪生存期間を比較すると,14.9カ月(95%CI:6.9-22.9)と5.3カ月(95%CI:4.0-6.6)であった(P =0.001)7)。
【エビデンスの確実性:弱または非常に弱】
採用研究はなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
Wang らは,進行性のTNBC 患者220人に対する後ろ向きの研究で114人がBRCA 遺伝学的検査を受け,プラチナ製剤は91人に,非プラチナ製剤は129人に投与した。有害事象は,最も多いものが好中球減少であり,それぞれ26.4%,20.2%であり,有意差は認めなかった。他の有害事象に関しても,プラチナ群と非プラチナ群で有意差はなかった7)。
【エビデンスの確実性:中】
採用研究はなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
採用研究はなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
採用研究はなかった。
【エビデンスの確実性:該当論文なし】
BRCA1/2 病的バリアントをもつ転移再発乳癌に対してプラチナ群と非プラチナ群を直接比較検討した試験はみられなかった。BRCA1/2 病的バリアント保持者のサブグループ解析結果では,無増悪生存期間はカルボプラチン(を含む)群においてよい傾向が示された。
有害事象について言及しているものは単施設の1研究のみで,対象は進行TNBC を対象としていた。プラチナ群にはBRCA1/2 病的バリアント保持は7例,非プラチナ群では7例のみでサブグループ解析もなく,数も少なく十分なデータとはいえなかった。TNT 試験においてBRCA1/2 病的バリアント保持者25人を含むカルボプラチン群における安全性は既知のものと同程度と報告されている。
BRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌に対する薬物治療としてのプラチナ製剤の有用性について,直接プラチナ群と非プラチナ群を比べた臨床試験は存在しなかった。サブグループ解析でBRCA1/2 病的バリアントに言及している論文やHRD について言及した論文は散見され,プラチナ群において臨床効果の高い結果が得られている。対象についても,転移性乳癌に限るものや,進行性乳癌とのみ記載のあるもの,TNBC に限定したもの等が認められ,BRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌の全体集団を代表する結果とは言い難く今後の報告が望まれる。
TNBC の部分集団としての解析が多く,TNBC 以外のBRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌に関するデータは僅少であることに留意が必要である。
本CQ の推奨決定会議参加対象委員12名の内訳は,乳癌領域医師2名,婦人科領域医師2名,遺伝領域医師2名,遺伝看護専門看護師1名,認定遺伝カウンセラー2名,患者・市民3名であった。推奨決定会議の運営にあたっては,事前に資料を供覧し,参加対象委員全員がEvidence to Decision フレームワークを記入して意見を提示したうえで,当日の議論を行った。推奨決定会議には参加対象委員のうち,10名が参加した。
他がん種で広く使用されているプラチナ製剤が乳癌領域では限定的にしか使用が許されていない状況を鑑みると優先度の高いCQ であるとの意見が多く聞かれた。日本乳癌学会のガイドラインではFRQ として扱われているが,海外のガイドラインでは推奨しているものもあり本ガイドラインではCQ として扱われた。
今回のシステマティックレビューの結果ではこの3年間で新たなエビデンスは認めず,全体的なエビデンスが乏しい中でNCCN,ASCO,ESMO 等,海外ガイドラインでは推奨レジメンに含まれているのが現状である。
直接性の高い結果は得られておらずサブグループ解析が主な点がデータの弱点となっており,卵巣癌や膵癌と比較してもエビデンスが少ない。プラチナ製剤の治療にて奏効割合や無増悪生存期間の改善が報告されている。OS の改善に関しては報告がないが,対象者が転移再発乳癌患者であることを鑑みたとき,奏効割合や無増悪生存期間の改善は望ましい効果として「中」としたという意見があった一方,エビデンスではTNBC に偏りがあるため他のサブタイプを考慮すると「さまざま」という意見も聞かれた。
臨床試験ではBRCA1/2 病的バリアントだけに絞った安全性の報告はない。BRCA1/2 病的バリアントを含む集団に対するプラチナ製剤の使用において,安全性は既知の程度であると報告されている点からは,BRCA1/2 病的バリアントがあった場合でも有害事象の頻度が大きく上昇しないことが推察される。プラチナ製剤の投与とプラチナ製剤以外の標準治療薬の投与との比較における望ましくない効果を考えると,有害事象プロファイルが異なるため比較が難しいとの意見が聞かれたが,状況としては何らかの化学療法剤を使用する必要があるため,BRCA1/2 病的バリアント保持者のみに関係する重篤なリスクはないと考え「小さい」と判断したという意見が多かった。
BRCA1/2 病的バリアント保持者における直接比較は存在せず,サブグループ解析の結果であることや,BRCA1/2 病的バリアントの保持が層別化因子になっておらず数も多くないことなどからエビデンスの確実性は「非常に弱」,「弱」とする意見であった。
海外のガイドラインでも推奨されている治療であり,患者としては治療を受けたい気持ちが生じるものの保険適用が明確ではないため費用負担が不明で価値観のばらつきにつながるとの意見が聞かれた。臨床成績,QOL,治療費などの主要評価項目に関する価値観は患者の年齢や家族構成,人生観で左右されるため,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」としたとの意見が多く聞かれた。
判断根拠のエビデンスは弱くOS の改善効果も定かではないが,転移再発の状況であれば奏効割合や無増悪生存期間の改善が示唆されたことや標準治療薬と比べて目立って大きな毒性のないことを重視し「おそらく介入が優位」と考える意見が大勢を占めた。
NCCN が推奨しており,日本において保険診療を進めるうえでは推奨したいとの意見も聞かれた。
採用論文なし。
容認性に関する該当文献はなかったが,海外のガイドラインでは推奨されており,わが国の保険診療においても一部の乳癌では保険適用となっている現状を踏まえると「おそらくはい」という意見で一致した。
BRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌に対しするプラチナ製剤の保険適用はないため,一部に使用制限があると考えられ「はい」ではなく「おそらくはい」とする意見が多かった。カルボプラチンは血中濃度-時間曲線下面積(area under the concentration-time curve:AUC)という他の抗癌薬とは異なる投与量設定であり,今まで使う機会が少なかった医師においては慣れが必要となるとの意見が出された。
昨今TNBC におけるカルボプラチンの有効性が示され,わが国においても保険適用としての使用が拡大する中,BRCA1/2 病的バリアント保持者におけるエビデンスの乏しさが浮き彫りになってきている。
エビデンスが不確実な中であるが,特にPD-L1 陰性でBRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌患者においてこの選択肢が有用ではないかと考える。エビデンスは弱いが海外のガイドラインではタキサンと比較して優先的に推奨している現状を踏まえると選択肢が増えることは良いことであるとの意見が出された。
ただしTNBC でのエビデンスが多くを占めており,その他のER+やHER2 陽性タイプのBRCA1/2病的バリアントを保持する患者におけるデータが乏しいことは知っておくべき情報であると思われた。
BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象とした効果が明確ではないなど,エビデンスに不確実性があるということを十分話し合い患者さんが納得して選択すること,転移再発乳癌およびHBOC 乳癌に関する必要な知識を有し,プラチナ製剤の投与に精通した医療環境下に行われること等が条件としてあげられた。
ASCO ガイドラインではタキサン系薬剤と比べてプラチナ製剤の使用が推奨されている8)(Type:evidence based;Evidence quality:intermediate;Strength of recommendation:moderate)。
NCCN ガイドラインではPD-L1 陰性BRCA1/2 病的バリアントを保持するTNBC に対してプラチナ製剤の使用はcategory 1,preferred regimen と掲載されている9)。しかしBRCA1/2 病的バリアントを保持するER 陽性HER2 陰性乳癌に対してはプラチナ製剤の記載はない。
ESMO ガイドラインではBRCA1/2 病的バリアントを保持するTNBC においてはカルボプラチンはドセタキセルよりも優れた治療選択肢と考えられると記載されている10)。BRCA1/2 病的バリアントを保持するER 陽性HER2 陰性乳癌に対してはプラチナ製剤の記載はない。
BRCA1/2 病的バリアントを保持する転移再発乳癌に対するプラチナ製剤の効果に関する直接性の高いエビデンスがなく今後の研究課題と考えられる。さらにTNBC 以外のサブタイプに関してのデータは非常に限られておりBRCA1/2 病的バリアントを保持するTNBC 以外の転移再発乳癌に対するプラチナ製剤の効果に関するデータ収集も待たれる。
また今後はPARP 阻害薬の投与歴のある患者が増加すると考えられこの群における奏効に関しても研究課題と考えられた。
外部評価団体より本文に関する指摘を受け,当該箇所を修正した。
BRCA,advanced breast cancer,drug treatment,platinum compounds,QOL,adverse event,cost,patient preference,patient satisfaction
文献検索式・エビデンス総体評価シート・システマティックレビューレポート・Evidence to Decisionフレームワークは,JOHBOC ホームページに掲載。