Ⅱ-2 乳癌領域
ブレスト・アウェアネスは一般に広く推奨されており, BRCA1/2 病的バリアント保持者においても,自身の乳房の状態に関心をもち,がんの発症リスクおよび検診発見の難易やリスク低減手術等の関連した知識をもつことは重要であり,推奨される。
ブレスト・アウェアネス(breast awareness)とは「乳房の意識化」とも訳され,女性自身が自分の乳房の状態に日頃から関心をもち,乳房を意識して生活する生活習慣のことを指す1)~3)。ブレスト・アウェアネスは単なる自己検診ではなく,乳房を意識する生活習慣を通じて,乳房の変化を自覚したら速やかに医療機関へ受診するといった行動を含めた概念であり,乳房・乳癌に関する知識や理解を深める健康教育である。
2021 年 10 月,厚生労働省による「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」の一部改正により,がん予防重点健康教育において,自己触診に代わって,ブレスト・アウェアネスは推奨されており,わが国での乳がん検診の対象とはならない 30 歳代の女性についても,ブレスト・アウェアネスの重要性に関しての指導が明記されている4)。
もともと,ブレスト・アウェアネスは 90 年代に英国で普及された概念であり,わが国では,厚生労働行政推進調査事業費補助金「乳がん検診の適切な情報提供に関する研究」班(笠原班)が作成した下記の 4 項目が提唱されている5)6)。
1. 自身の乳房の状態を知るために,日頃から自身の乳房を,見て,触って,感じる(乳房の 健康チェック)
2. 気を付けなければいけない乳房の変化を知る(乳房のしこりや凹み,血性の乳頭分泌等)
3. 乳房の変化を自覚したら,すぐ,医師に相談する(医療機関へ行く)
4. 40 歳になったら乳がん検診を受診する(対策型乳がん検診の受診)
BRCA1/2 病的バリアント保持者に対しては,対策型乳がん検診のみではなく,より若年からの乳癌専門医によるフォローや,造影乳房MRI等を含めたより詳細なサーベイランスが推奨されている(乳癌 CQ4 参照)。本 FQ においてはブレスト・アウェアネスが BRCA1/2 病的バリアント保持者にも推奨され得るかどうかを検討した。
BRCA1/2 病的バリアント保持者に対するブレスト・アウェアネスに関して本ガイドライン 2021 年版の文献検索に加えて,下記のキーワードを用いて文献検索を行ったところ BRCA1/2 病的バリアント保持者に対してブレスト・アウェアネスの妥当性を直接に評価した文献は認められなかった。がん教育や自己触診などブレスト・アウェアネスに関連する文献を用いて検討した。
ブレスト・アウェアネス単独での全生存率に関する文献はないものの, BRCA1/2 病的バリアント保持者を対象として,がんの発症前に RRM や RRSO を含めたガイドラインに基づくサーベイランスおよび予防を行うことで,全生存期間(OS)が改善したとの報告がある7)。単施設の後ろ向きな解析であることや,解析対象となった人数が少ないこと,80%以上がアシュケナジー系ユダヤ人の報告であること等,結果の解釈には注意が必要であるが,適切ながん教育,介入により生存率改善が期待される。
従来の自己検診に関しては,死亡率を下げないという報告がある一方で,トレーニングを受けたうえで 18 歳から毎月の自己検診が推奨されるというレビューもあり,自己検診の有用性については一定の見解に達していない8)9)。また最後の検診から 12 カ月以内に発見される乳癌(中間期乳癌)患者が BRCA1/2 病的バリアント保持者では多いとされ, BRCA1 のように進行が早く,中間期乳癌を発症するリスクが高い場合では,ブレスト・アウェアネスにより乳房の変化を自覚した場合にどう対処したらよいかを知っておくことは早期発見のために重要であると考えられる10)。
該当文献なし。
不十分な知識と理解で行われる自己検診では乳房・乳癌に対する誤った認識や不安といった悪影響をもたらす可能性や,やり方がわからないといったことから自己触診習慣の維持が難しくなる傾向があるものの,教育を行うことで,自己検診の率が上昇することや遺伝学的検査に対する意識によって, HBOC の管理に関する意欲の上昇が報告されており,がん教育は有用な手段である可能性がある11)〜13)。また,情報源としてはオンラインリソースを望むといったインタビュー調査の結果もあることから, BRCA 病的バリアント保持者への情報提供のモダリティについては今後検討が必要である14)。
自己検診を実施していた 75%に,自分の健康を自身でコントロールできているという満足が得られたという報告があった15)。
ブレスト・アウェアネスを推奨する科学的な根拠を示すことは難しいが, HBOC への理解と医療的な介入が進むことでの生存率改善は期待され,ブレスト・アウェアネスにより, BRCA1/2 病的バリアント保持者における自身の健康管理への意欲改善や満足感といったベネフィットは得られ得る。
BRCA1/2 病的バリアント保持者に関しては,一般的なブレスト・アウェアネスの内容だけではなく,対策型乳がん検診に代えて,年に一度の造影乳房 MRI 等のより綿密なサーベイランスや発症リスク・リスク低減手術の情報提供を含めたがん健康教育としての広い意味でのブレスト・アウェアネスが推奨されるであろう。