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Ⅱ-3 卵巣癌領域

BRCA1/2 病的バリアント保持者に対し,リスク低減卵管摘出術(RRS)は推奨されるか?

ステートメント

卵巣癌発症リスクの低減を目的としたRRS は,現時点では推奨されない。

  1. 1本FQ の背景

    RRSO を行うことで,卵巣癌の発症リスクが低減する〔HR:0.21(95%CI:0.12-0.39)〕ことが知られている1)。RRSO を行う時期として,各国のガイドラインではBRCA1 に病的バリアントを保持する女性に対しては35~40 歳で,BRCA2 に病的バリアントを保持する女性に対しては40~45 歳でのRRSO を推奨している。一方で,その年代でのRRSO は外科的閉経状態となるデメリットがある。短期的にはホットフラッシュ等の血管運動神経障害様症状や睡眠障害,性機能障害や腟の乾燥感等が,長期的には骨粗鬆症,心血管疾患,認知機能障害,不安,抑うつ症状等のリスク増加が懸念されるため,若年のBRCA1 またはBRCA1/2 病的バリアントを保持する女性にとって選択しがたい現状がある。BRCA1/2 関連の高異型度漿液性癌は卵管上皮より発生する2)ことから,リスク低減手術の1 つの選択肢としてリスク低減卵管摘出術(risk-reducing salpingectomy:RRS)を行い,その後にリスク低減卵巣摘出術(risk-reducing oophorectomy:RRO)を行うことでリスク低減を図る方法(risk-reducing early salpingectomy with delayed oophorectomy:RRESDO)が検討され始めている。

  2. 2解説

    ❶ RRESDO による卵巣癌発症リスクの低減効果

    卵巣癌の年齢毎の累積発症リスクは表1 のように報告されている3)。また,BRCA1/2 関連の卵巣癌のうち高異型度漿液性癌は65%を占めるとされ2),仮にこの高異型度漿液性癌すべてが卵管上皮を発生起源とし,RRS を行うことで高異型度漿液性癌の発生を完全に防げるベストシナリオを想定した場合,RRSO が推奨される年齢でRRS を施行し,5 年後にRRO を施行した場合と,RRSO 推奨年齢でRRSO を施行した場合とでは70 歳までの卵巣癌発症リスクは変わらないと報告されている。ただし,RRS が高異型度漿液性癌を全く防げないとしたワーストシナリオを想定した場合,推奨年齢から5 年遅れてのRRSO 実施となり,当然ながら卵巣癌発症リスクは高まる。ベストシナリオをもってしても,5 年間の卵巣摘出の猶予しか得られない計算になる2)。RRS 後に高異型度漿液性癌の進行両側卵巣癌を発症した例も報告されており4),RRS による卵巣癌発症リスクの低減効果は,現時点では不明とせざるを得ず,多施設の前方視的な非ランダム化試験5)~8)の結果が待たれる。

    ❷ 全生存期間(OS)

    HBOC に対するRRESDO がOS に与える影響についての報告はなく,上記多施設の前向きな非ランダム化試験5)~8)の結果が待たれる。

    ❸ 費用対効果

    対象をHBOC に絞って費用対効果を報告した論文は1 編であった9)。Markov Monte Carlo シミュレーションモデルを用いて,RRSO を行った場合,RRS を行った場合,そしてRRESDO を行った場合の3 群の比較検討が行われた。それぞれの集団における,将来的な乳癌,卵巣癌の発症リスク,早発閉経による心血管イベントによる死亡が検討された。最も費用が少なく,生命予後を期待できるのはRRSO であった。QOL が考慮されると,QALY の費用効率はRRESDO がRRS を上回っており,RRESDO はRRSO を希望しない女性に対する選択肢になり得ると考えられた。

    ❹ 当事者の意向

    卵巣癌発症の高リスクである女性683 人を対象としたアンケート調査研究が行われた10)。このうち346 人がすでにRRSO を受けていた。未閉経であった262 人のうち181 人(69.1%)が,RRESDO を許容できると回答した。RRSO 後の性機能障害を懸念する未閉経女性において,よりRRESDO を許容できると回答した者が多かった〔OR:2.9(95%CI:1.2-7.7,P=0.025)〕。閉経前にRRSO を行い,性機能障害を経験した女性でRRESDO を許容するとの回答が多かった〔OR:5.3(95%CI:1.2-27.5,P<0.031)〕。

    ❺ 当事者の満足度

    現在進行中の,多施設による4 つの前向きな非ランダム化試験のうち,2 つの試験において患者満足度調査が行われている。43 例を対象に行った調査では,19 例(44%)がRRESDO を,12 例(28%)がRRSO を,12 例(28%)がサーベイランスを選択した。RRESDO 群,RRSO 群において,その治療選択に満足しており,がんに対する不安が有意に改善していた11)。577 例を対象とした調査研究では,術後12 カ月で54%の症例においてがんに対する不安が改善したと報告しているが,RRESDO を選択した413 例(71.6%)とRRSO を選択した164 例(28.4%)が合わせて評価されている11)

  3. 3主な検索キーワード

    BRCA,genetic counselling,PSDO,RRS,RRESDO,pathogenesis,cost,patient preference

  4. 4参考文献

    • 1) Rebbeck TR, Kauff ND, Domchek SM. Meta-analysis of risk reduction estimates associated with risk-reducing salpingo-oophorectomy in BRCA1 or BRCA2 mutation carriers. J Natl Cancer Inst. 2009;101(2):80-7.[PMID:19141781]
    • 2) Harmsen MG, IntHout J, Arts-de Jong M, et al. Salpingectomy with delayed oophorectomy in BRCA1/2 mutation carriers:estimating ovarian cancer risk. Obstet Gynecol. 2016;127(6):1054-63. [PMID:27159752]
    • 3) Chen S, Parmigiani G. Meta-analysis of BRCA1 and BRCA2 penetrance. J Clin Oncol. 2007;25(11):1329-33.[ PMID:17416853]
    • 4) Lugo Santiago N, Smith E, Cox M, et al. Ovarian cancer after prophylactic salpingectomy in a patient with germline BRCA1 mutation. Obstet Gynecol. 2020;135(6):1270-4.[PMID:32459417]
    • 5) ClinicalTrials. gov. Surgery in preventing ovarian cancer in patients with genetic mutations. NCT02760849.

      http://classic.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT02760849?term=NCT02760849&drad=2&rank=1

    • 6) ClinicalTrials. gov. Early salpingectomy(tubectomy)with delayed oophorectomy in BRCA1/2 gene mutation carriers(TUBA). NCT02321228.

      http://classic.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT02321228?term=NCT02321228&draw=2&rank=1

    • 7) ClinicalTrials. gov. Prophylactic salpingectomy with delayed oophorectomy. NCT01907789.

      http://classic.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01907789?term=NCT01907789&draw=2&rank=1

    • 8) Gaba F, Robbani S, Singh N, et al;PROTECTOR team. Preventing ovarian cancer through early excision of tubes and late ovarian remova(l PROTECTOR):protocol for a prospective non-randomized multi-center trial. Int J Gynecol Cancer. 2021;31(2):286-91.[PMID:32907814]
    • 9) Kwon JS, Tinker A, Pansegrau G, et al. Prophylactic salpingectomy and delayed oophorectomy as an alternative for BRCA mutation carriers. Obstet Gynecol. 2013;121(1):14-24.[PMID:23232752]
    • 10) Gaba F, Blyuss O, Chandrasekaran D, et al. Attitudes towards risk-reducing early salpingectomy with delayed oophorectomy for ovarian cancer prevention:a cohort study. BJOG. 2021;128(4):714-26.[PMID:32803845]
    • 11) Nebgen DR, Hurteau J, Holman LL, et al. Bilateral salpingectomy with delayed oophorectomy for ovarian cancer risk reduction:A pilot study in women with BRCA1/2 mutations. Gynecol Oncol. 2018;150(1):79-84.[PMID:29735278]
    • 12) van Bommel MHD, Steenbeek MP, IntHout J, et al. Cancer worry among BRCA1/2 pathogenic variant carriers choosing surgery to prevent tubal/ovarian cancer:course over time and associated factors. Support Care Cancer. 2022;30(4):3409-18.[PMID:34997316]