Ⅱ-4 前立腺癌領域
前立腺癌患者にBRCA1/2 もしくはそれを含めたDNA 修復遺伝子群の遺伝学的検査を推奨するが,一般人口における前立腺癌の発症頻度が高く検査数が膨大となることが想定されるため,現時点では欧米での検査の陽性率を上げるリスク分類についての先行研究を参考にしながら,遺伝学的検 査の意義,リスク因子毎の検査陽性率,陽性であった際の本人や血縁者が受け得る恩恵等について十分な説明を行い,患者が自律的な意思決定を行うことのできる遺伝カウンセリングの場を整備し,検査を希望する患者数の増加に備える必要がある。
近年,前立腺癌診療においてBRCA1/2 を含めたDNA 修復遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントを同定する機会が増えつつある。そのため乳癌や卵巣癌からだけではなく,前立腺癌からもDNA 修復遺伝子の生殖細胞系列病的バリアント保持者を同定し,患者本人および血縁者の健康管理に役立てると同時に,DNA 修復遺伝子病的バリアントの遺伝子型と表現型の関連を明らかにしていくことが求められつつある。
欧米での先行研究から,15%ほどの転移性前立腺癌と,5~7%またはそれ以下の早期前立腺癌に,BRCA1 やBRCA2 を含めたDNA 修復遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントが関与していることが報告されている1)~6)。わが国の報告でも,BRCA1,BRCA2,ATM の病的バリアントをそれぞれ0.2%, 1.1%, 0.5% の前立腺癌に生殖細胞系列で認め,BRCA1, BRCA2 の病的バリアントをそれぞれ0.7%, 12.6% の去勢抵抗性前立腺癌に生殖細胞系列もしくは体細胞系列で認めたとしており,欧米とほぼ同様の傾向にあると考えられる7)~9)。
DNA 修復遺伝子の中でも特にBRCA2 の生殖細胞系列病的バリアントは前立腺癌の悪性度や予後と強い相関を示す1)6)10)11)。最近,わが国ではホルモン療法へ抵抗性を獲得した転移性前立腺癌(転移性去勢抵抗性前立腺癌)において生殖細胞系列または体細胞系列のBRCA1/2 病的バリアントの有無を調べる検査が,ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ〔poly(ADP-ribose)polymerase:PARP〕阻害薬投与前のコンパニオン診断として保険収載され標準的に行われるようになった。しかしながら,それ以外の前立腺癌におけるBRCA1/2 を含めたDNA 修復遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントの関与については十分に調べられておらず,この中にも相当数の病的バリアント保持者が潜在している可能性がある。欧米での先行研究から,前立腺癌の家族歴,Gleason(グリソン)スコア4+4 または4+5 以上,導管癌または導管内浸潤癌,T3a 以上の局所進行癌,所属リンパ節または遠隔転移症例,60 歳または64歳未満での発症例,去勢抵抗性獲得までの期間が短い症例,初診時の前立腺特異抗原(prostate-specific antigen:PSA)が20 ng/mL 以上の症例,前立腺癌で死亡した近親者が複数いる場合,転移性前立腺癌と診断された第一度近親者が一人もしくは第二度近親者が複数いる場合,HBOC で罹患し得る臓器に腫瘍を発症した血縁者が二人以上いる場合,等がDNA 修復遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントが存在するリスク因子としてあげられているが,今後,わが国においても転移性去勢抵抗性前立腺癌以外の前立腺癌に対するDNA 修復遺伝子の遺伝学的検査を加速させ,わが国におけるリスク分類を確立する必要がある3)10)~18)。BRCA1/2 病的バリアントは前立腺の腫瘍化機構において最も重要なドライバー遺伝子の病的バリアントの1 つであり,普段からBRCA1/2 を含めたDNA 修復遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントの存在の可能性を念頭に置きながら前立腺癌の診療にあたり,前立腺癌から病的バリアント保持者を同定し,家系全体のフォローアップへとつなげていくことが重要である。
前立腺癌全体からBRCA1/2 を含めたDNA 修復遺伝子の生殖細胞系列病的バリアント保持者を同定し,患者本人および家系内の未発症者に対する当該臓器の検診を腫瘍発生前から開始することにより,患者本人と血縁者の生活の質(quality of life:QOL)が実際に向上するかについては今後の報告が待たれる。
現在,前立腺癌に対するBRCA 遺伝学的検査は,転移性去勢抵抗性前立腺癌へPARP 阻害薬を投与する際のコンパニオン診断としてのみ保険収載されており,それ以外の前立腺癌に対しては自費検査となる。前立腺癌からDNA 修復遺伝子の生殖細胞系列バリアントを有する家系を同定することによってもたらされる医療経済的効果については現時点では報告がない。
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