第2章 HBOCと診断されたら知っておきたい

Q20

どのような対策や選択肢がありますか?

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A

HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん,hereditary breast and ovarian cancerの略)と診断された場合,がんになる前に切除手術を行うリスク低減手術ていげんしゅじゅつと,がんのリスクの高い臓器を対象に早期発見を目的に行うサーベイランスなどの対策をとることができます。

解説

HBOCと診断された際には,がんの発症リスク(がんのなりやすさ)を下げ,早期発見・早期治療につなげていくための対策を立てることが大切です。ここではがんの発症リスクを下げるための方策と,がんの早期発見に必要な検査について説明します。

1リスク低減手術

がんを発症させない対策として,がんにかかりやすい臓器をがんになる前に切除する方法をリスク低減手術ていげんしゅじゅつと呼びます。がんにかかりやすい部位がからだからなくなることで,がんの発症リスクは確実に下がります。
現在,HBOCに対して意義があるとされているリスク低減手術は,リスク低減卵管卵巣摘出術ていげんらんかんらんそうてきしゅつじゅつ(RRSO,risk reducing salpingo-oophorectomyの略)とリスク低減乳房切除術ていげんにゅうぼうせつじょじゅつ(RRM,risk reducing mastectomyの略)です。この2つの手術方法は,乳がんあるいは卵巣がんの既発症女性に対して健康保険が適用され実施可能です( Q27 32 41 参照)。ただし,HBOCに関連するがんの膵がんや前立腺がんなどは,リスク低減手術によりがんの発症リスクを下げる効果について十分には検討されておらず,また切除手術による合併症や健康維持にかかわる問題もあることから実施されていません。
一方で,がんと診断されていない臓器を切除することに,抵抗がある方もいるかもしれません。リスク低減手術を選択する場合には,その臓器を切除した後の健康や生活習慣にどのような影響がどの程度生じるのか,あるいは影響しないのかを十分に検討する必要があり,その際には主治医との相談に加えて遺伝カウンセリングなども活用できます。
また,リスク低減手術を行ってもその臓器を100%切除しきることは難しく,リスク低減手術を受けたとしてもがんの発症リスクはゼロにならないことが知られています。「手術して終わり」ではなく,次に述べるサーベイランスを継続的に受けることも肝心です。

2サーベイランス

がんのリスクが高いと推定される臓器に対して,きめ細かく計画的に,がんの早期発見を目的に行う検査をサーベイランスと呼びます( Q31424951参照)。市区町村や,職場などで行われる通常の対策型のがん検診とは異なり,「よりまめに,精密な」検査を継続的に行うことで,がんの早期発見に努める取り組みです。Q21で対策型がん検診とサーベイランスの違いと具体的な方法について説明します。
HBOCと診断されてがんの発症リスクが高いと聞き,不安に感じる方もいるかもしれません。しかし,事前にご自身が注意すべきポイントについて正しい知識を得ることによって,がんの予防や早期発見・早期治療が可能になります。また,サーベイランスは一度受けるだけではなく,定期的に継続的に実施することが肝心です。適切なサーベイランスを続けている中でがんが見つかったとしても,最も早期に発見できると期待できるからです。

3化学予防

薬によってがんの発症リスクを下げるための化学予防かがくよぼうについても研究されています。現時点で妊娠・出産のご希望があるなど,さまざまな理由でリスク低減手術を希望しない方に対して,薬を服用することでがんのリスクを下げることを目的とした取り組みです。現時点ではまだまだ研究段階で,化学予防として健康保険が適用されている薬があるわけではありません。
乳がんのリスクを下げるためには,乳がんの治療に用いられるホルモン療法(内分泌療法ないぶんぴつりょうほう)薬を予防的に内服することが検討されていますが,確実な方法とまではいえません(Q37参照)。また卵巣がんのリスクを下げるためには,排卵はいらんも卵巣がん発症リスクの一つになるという研究から,排卵を抑制するピルなどを内服することが検討されています。ピルを内服することで卵巣がんのリスクが下がることが期待されますが,一方でピルに含まれる女性ホルモンの影響で乳がんのリスクが上がることが懸念されるため,長期間にわたる服用は勧められていません(Q46参照)。薬による化学予防については限界がありますが,今後さらに研究が進むことが望まれます。

長い経過の中で,サーベイランスを受け続けることが心理的な安心につながる方もいらっしゃいます。またリスク低減手術を受けることが,がんの確実なリスク低減だと安心される方もいらっしゃいます。いずれにしても適切な対策による健康管理を行うことによって,がんで命を落とさないための方法について,前向きに取り組んでいただきたいと願っています。