第2章 HBOCと診断されたら知っておきたい

Q25

HBOC と診断された場合,妊娠はできるのでしょうか? 妊娠中や出産への影響が心配です。

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 がん未発症の方であっても,将来の発症リスクを考慮し,リスク低減手術ていげんしゅじゅつ選択をするためにも早めに妊娠計画をすることが望ましいです。乳がん治療後の妊娠を希望する方では,妊孕性温存療法にんようせいおんぞんりょうほうが行えるケースがありますので,主治医や医療者へ相談しましょう。

解説

HBOCと診断される女性は20歳代から40歳代前半までの妊娠可能な年齢(リプロダクティブ・エイジといいます)の方も多く,将来の妊娠が可能か,妊娠・出産への影響があるかは重要な問題です。ここでは,①がん未発症でBRCA1/2遺伝子の変化(病的バリアント)が見つかった場合に将来の妊娠に向けて気をつけること,②乳がん治療後の妊娠を希望する場合にできること(妊孕性温存療法にんようせいおんぞんりょうほう),③妊娠中・出産について注意すること,に分けて説明します。

1がん未発症でBRCA1/2病的バリアントが見つかった場合に,将来の妊娠に向けて気をつけること

BRCA1/2遺伝子に病的バリアントが見つかった女性と病的バリアントのない女性では,その後の出産回数に差がみられないとの報告があり,妊娠できる可能性が大きく減ることはありません。ただし妊娠可能な年齢のうちに乳がんや卵巣がんを発症するリスクがあるので,早めの妊娠を計画したほうがよいと考えられます。
HBOCではリスク低減手術ていげんしゅじゅつ卵管卵巣摘出術らんかんらんそうてきしゅつじゅつ乳房切除術にゅうぼうせつじょじゅつ)を行うことで,がんの発症リスクを減らすことができますが,卵管卵巣摘出をすると自然妊娠が,乳房切除術を行うと授乳ができなくなります(卵管卵巣摘出術についてはQ4144,乳房切除術についてはQ3234参照)。もともと女性は年齢が高くなるほど妊娠が難しくなるため,なるべく早いうちに,遅くとも35~40歳くらいまでには出産を終え,その後にリスク低減手術を行うことが望ましいです。
早く妊娠を望むためには,体外受精などの不妊治療を行う選択肢も出てきます。不妊治療で用いる排卵誘発剤はいらんゆうはつざいなどのホルモン剤によって,がんの発症リスクが上がることが心配されますが,これまでに調査報告は少ないものの,BRCA1/2遺伝子に病的バリアントを保持する方で不妊治療の経験があると乳がんや卵巣がんの罹患率りかんりつが増えるという明らかなものはありません。がん発症リスクを考慮して不妊治療を控える必要はないと考えられますが,HBOCの診断を受けていることは不妊治療施設の医療者にも伝えて,治療方針を相談しましょう。体外受精を含めた不妊治療は,一部例外を除いて2022年4月より健康保険の適用となります。
なお,がん未発症の女性が,2)で説明する妊孕性温存療法を行うことは技術的に可能です。パートナーのいる女性は受精卵じゅせいらんはいともいいます)の保存,パートナーのいない女性であれば卵子保存を行うことになります〔次項2)参照〕。その後にリスク低減のため卵管卵巣摘出術を行っても,子宮が残っていれば,保存された受精卵(胚)/卵子を用いての妊娠を目指すチャンスを残すことができるのが大きなメリットです。ただし今の医療では限られた個数の受精卵(胚)/卵子保存で将来の妊娠が100%保証されるわけではありませんので,現状ではなるべく早いうちに妊娠・出産を終えた後のリスク低減手術が推奨されています。また未発症の女性についてはがんを発症された方ほど急を要する状況ではないため,医学的には妊孕性温存療法を,特に卵子保存については積極的に勧めるものではなく,健康保険の適用や助成金の制度はありません。
今すぐの妊娠を考えるのは難しいけれど,将来の妊娠を希望している方は,BRCA1/2遺伝子の変化により卵巣予備能らんそうよびのう(卵巣内の卵子の数)が低下する可能性も指摘されているため,ご自身の卵巣機能に問題がないか,あらかじめ検査を受けておくことは検討してよいでしょう。

2乳がん治療後の妊娠を希望する場合にできること(妊孕性温存療法にんようせいおんぞんりょうほう

乳がんを発症した場合,腫瘍の進行期やタイプによって手術後に化学療法(抗がん薬)やホルモン療法(内分泌療法ないぶんぴつりょうほう)を行います。乳がんに一般的に使用される抗がん薬は卵巣機能低下の中等度リスクに分類され,治療によって早発閉経してしまうリスクが30~70%あります。また,ホルモン療法(内分泌療法)では薬を使用する5~10年間は妊娠ができなくなるため,治療後の年齢が上がってしまうことで妊娠しづらくなることが心配されます。
将来の妊娠の可能性を残しておくために,妊孕性温存療法を行う選択肢があります。パートナーがいる場合は一般的に行われる不妊治療(体外受精たいがいじゅせい)と同様に卵子を採取する手術(採卵さいらん)を行い,パートナーの精子と受精させた受精卵(胚)を凍結保存します。質の良い受精卵(胚)を保存できた場合,凍結融解胚移植とうけつゆうかいはいいしょくによる妊娠率は1回あたり約30%です。パートナーがいない場合は採卵した卵子を凍結保存しますが,卵子1個あたりの妊娠率は5~7%です()。これらの方法では限られた時間の中でなるべく多くの卵子を回収できるように排卵誘発剤を使用する必要がありますが,排卵誘発によって乳がんが悪化するリスクは明らかではなく,安全と考えられています。その他,卵巣組織を摘出して保存する方法もありますが現時点では確立した医療とはいえず,現状では受精卵(胚)保存あるいは卵子保存を行うケースが多いです。
生殖機能に影響するおそれのある治療を受けるがん患者さんに対して行われる妊孕性温存療法は,自治体による治療費助成の対象となっています。
妊孕性温存療法を行う時期は初回手術後,薬物治療を始める前が望ましいですが,採卵を行うためには2週間程度の準備期間が必要となります。がん治療の状況をふまえて,主治医および生殖医療の担当医と相談して薬物療法のスケジュールを調整します。

3妊娠中・出産について注意すること

BRCA1/2遺伝子の変化(病的バリアント)が見つかった女性が妊娠した場合,妊娠中のリスクは一般の妊婦と大きく変わることはありません。ただし乳がん治療後の女性が妊娠した場合は,早産や低出生体重の赤ちゃんが産まれるリスクがやや高くなることが報告されているため,慎重に妊娠経過をみる必要があります。
妊娠中もサーベイランスのため画像検査を行うことが可能ですが,X線検査やCT検査などの放射線を用いる検査では被ばく量に気をつけること,MRI 検査は妊娠17週以降で行うことが勧められています。
出産後の授乳に関しては,乳房切除術を行った後では母乳が分泌されないため授乳できませんが,乳がん治療後の女性が健康な側の乳房から授乳を行うことは可能であり,赤ちゃんへの悪影響はないものと考えられています。