第2章 HBOCと診断されたら知っておきたい【乳がん】

Q37

乳がんの予防に有効な薬はありますか?

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A

乳がんの治療薬であるタモキシフェンが,乳がんの予防に効果があることが期待されており,現在,臨床試験(用語集参照)にて検証が試みられています。乳がんの予防のために,健康保険の適用となる有効な薬はありません。

解説

タモキシフェンは乳がんに対するホルモン療法(内分泌療法ないぶんぴつりょうほう)として広く用いられている内服薬です。乳がんの発症や進行にかかわる女性ホルモン(エストロゲン)を抑える作用のある抗エストロゲン薬と呼ばれる薬です。タモキシフェンは,乳がんの治療だけではなく,予防にも効果があることが研究で報告されていますが,リスク低減乳房切除術ていげんにゅうぼうせつじょじゅつ(RRM)と比べると効果が不確実で,RRMのかわりになる予防法とはいえません。タモキシフェンを飲んでいる最中やその後も定期的にサーベイランスを受ける必要があります。また,タモキシフェンには更年期症状こうねんきしょうじょう子宮体しきゅうたいがんの発症などの副作用があることや,乳がん未発症の方がタモキシフェンを服用する場合,健康保険の適用外となることに注意が必要です。

1乳がん既発症者の新たな乳がん発症の予防効果

BRCA遺伝子に変化(病的バリアント)を保持し,HBOCと診断された乳がん既発症きはっしょうの方が,タモキシフェンを服用すると新たな乳がんの発症を50~60%減らせるという予防効果が報告されています。ただし,BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子でその予防効果に違いがあり,BRCA2遺伝子の病的バリアント保持者では乳がん発症リスクを約60%減少させる一方で,BRCA1遺伝子の病的バリアント保持者においては乳がん予防効果が乏しいという報告もあります。その理由として,BRCA2遺伝子に病的バリアントを保持する方にはタモキシフェンの有効性が高い乳がんができやすく,BRCA1遺伝子に病的バリアントを保持する方ではタモキシフェンの効果がないトリプルネガティブタイプの乳がんができやすいため,タモキシフェンによる予防効果が異なるのではないかと考えられています(Q29参照)。
このため,BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子を分けた予防効果の検討が必要ですが,現状ではそのような研究の数が少なく,確実な結果は得られていません。また,適した服用期間や薬の量についても,研究によってばらつきがあり,定まった方法はありません。

2乳がん未発症者に対する乳がん発症の予防効果

乳がん未発症者に対する予防効果については,調べた研究が非常に少なく限られています。そのなかで,BRCA2遺伝子に変化(病的バリアント)を保持する乳がん未発症の女性を対象にした研究において,タモキシフェンを服用することで乳がん発症リスクが約60%減ったと報告されています。一方で,BRCA1遺伝子の病的バリアントを保持する方では,乳がん発症の予防効果はみられませんでした。ただし,この研究に含まれているBRCA遺伝子に病的バリアントを保持する女性の割合が少なく,確実な結論とはいえません。さらなる研究が必要であり,現在も国内外で臨床試験(用語集参照)が行われています。
このような研究結果から,BRCA遺伝子に病的バリアントを保持する方に対して,乳がん予防のためにタモキシフェンを勧めるかどうかについては,ガイドラインによって見解が分かれています。「遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版」では,乳がん既発症者に対するタモキシフェンの乳がん予防効果〔前述1)〕については,「条件付きで推奨する」としています。条件とは,服用する期間や量が定まっていないこと,BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子で予防効果が異なる可能性があること,健康保険の適用外となること,予防効果が確実ではないため服用後も乳房サーベイランスが必要となることなどに留意すること,を指しています。一方で,乳がん未発症のBRCA遺伝子の病的バリアント保持者に対する,乳がん予防を目的としたタモキシフェン服用 〔前述2)〕 は,現時点では積極的に行うことを勧めるほどの研究データはない,としています。

3タモキシフェンの副作用

タモキシフェンの副作用としては,更年期症状こうねんきしょうじょう(ほてり,のぼせ)や月経異常げっけいいじょう血栓症けっせんしょう(血液が固まりやすくなる),子宮体しきゅうたいがんの発症,が挙げられます。また,妊娠・授乳中にタモキシフェンを服用すると赤ちゃんに悪影響が出る可能性があるため,服用中は妊娠・授乳を避ける必要があります。