前付け

1

はじめに

はじめに

このたび「遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック2022年版」が刊行されました。本書を皆さんにお届けできることを大変うれしく思います。
日本では,毎年9万人以上の女性が新たに乳がんと診断され,男性でも同じく9万人以上が前立腺がんと診断されており,これらは性別ごとに最も頻度が高いがんです。
がんの発生には生活習慣や環境などの後天的な要因と,加齢という時間的な要因に加え,一人ひとりが生まれつきもっている体質的(遺伝的)な要因がかかわっています。この遺伝的要因がより強く影響しているがんを「遺伝性腫瘍」と呼んでいます。遺伝性乳がん卵巣がん(hereditary breast and ovarian cancer, HBOC)は代表的な遺伝性腫瘍の一つで,乳がんの約5%,卵巣がんの約15%がHBOCであることが知られています。また,日本人全体でも数百人に1人はこのHBOCの遺伝的体質をもっており,決して珍しい病気や体質ではありません。
このHBOCと診断された方々あるいはHBOCが疑われる方々に,よりよい医療を提供するため,2021年に医療者向けの「遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン 2021年版」が刊行されました。
がんの治療は決して医療者のみが理解すればよいというものではありません。患者さんや市民の方にも正しく病気のことを知っていただき,医療者と患者さんやご家族の共同作業として診療を行っていく必要があります。そのためにも,現在のHBOCの標準的医療について,多くの当事者,市民の方々に知っていただきたいと考え,本書が企画されました。
本書は,診療ガイドライン作成を担当した医師,看護師,遺伝カウンセラーなど多くの医療職者の他,当事者の方々にもご参加いただき,文字通り医療者と市民の共同作業として制作されました。作業は医療者,当事者から出されたたくさんのクエスチョンの選択から始まり,クエスチョンに対する解説の執筆,そして内容はもちろん表現する単語の一つひとつまで何度も意見交換を行い,どなたにもわかりやすくかつ正しくHBOC を理解していただけることを心掛けました。まさに医療者と当事者の共同作業の成果です。
昨年の医療者向け診療ガイドライン刊行後の限られた期間で,本書の完成を達成できたのは,当初の段階から構想をまとめ,見事なリーダーシップを発揮して,多くのメンバーの意見を集約し,とりまとめてくれた慶應義塾大学産婦人科学教室の小林佑介先生の功績はまさに称賛に値します。彼抜きではこのような短期間に本書の完成を見ることはなかったでしょう。また,本書の企画刊行にあたり,多大なご支援いただいた金原出版の皆さまにもこの場をお借りして心から御礼申し上げます。
執筆,編集にかかわったすべてのメンバーの思いを込めた「遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック2022 年版」が,この本を手に取ってくださった皆さまのお役に立つことを願っています。

 

2022年5月

厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)
「ゲノム情報を活用した遺伝性腫瘍の先制的医療提供体制の整備に関する研究」班
研究代表者 櫻井晃洋
一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)

理事長 中村清吾