原因となるBRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子に共通する,または異なる特徴があり,これらは治療だけではなく,リスク低減手術やサーベイランスにも重要な意味をもちます。特に女性ホルモン(エストロゲン)とHER2タンパクはがんの特徴に大きな影響を与えることが知られており,どちらの要素も治療方針に深いかかわりをもっています。
解説
HBOC( 遺伝性乳がん卵巣がん,hereditary breast and ovarian cancerの略)では原因となる遺伝子にBRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子の2つがあり,2つの遺伝子に共通する,あるいはそれぞれの遺伝子で異なる乳がんの特徴があります(表1)。
1BRCA1 遺伝子とBRCA2 遺伝子に共通する乳がんの特徴
まず,2つに共通する特徴としては,HBOCと診断された方の場合,一般の方と比較して乳がんを発症する確率が高いことが挙げられます。日本人女性が乳がんにかかる頻度は約11%であるのに対し,HBOCと診断された方では80歳までに乳がんが発症する確率が約70%と報告されています。ここで重要なのはHBOCと診断されても100%発症するわけではないことです。詳細は別項(Q31,32を参照)にゆずりますが,リスク低減手術やサーベイランスの選択に重要な点といえます。
次に,一般的な乳がんよりも若い年齢で発症しやすい傾向があること(若年発症といいます),片側あるいは両側の乳房にいくつも乳がんを発症しやすいこと(多発性といいます)が挙げられます。対策型検診(住民検診)で40歳以上の女性を対象としているのは乳がんの頻度が40代から増加するためですが,HBOCと診断された方はこの年代よりもさらに若い年齢から乳がんを発症しやすいことがわかっているため,若い年齢から乳房を意識して定期的に自己検診を行うことや,定期的な乳房の検査を受けることがよいとされています。
そして,乳がんになりやすい体質をもっているため,例えば,乳がんに対して乳房を部分的に切除する手術を受けた場合,残した乳房に再び乳がんが発症する可能性は一般的な乳がんよりも高く,また反対側の健康な乳房にも将来乳がんが発症しやすい特徴があります。
2BRCA1 遺伝子,BRCA2 遺伝子ごとに異なる乳がんの特徴
次に,2つの遺伝子で異なる乳がんの特徴について説明します。重要なポイントは,遺伝子の違いにより乳がんの性質(サブタイプといいます)が大きく異なるという点です。サブタイプを決める代表的な要素となるのが「エストロゲン」と「HER2タンパク」です。これらは乳がんが自らの細胞を増やすために利用する動力源ともいえるもので,治療薬の選択に深く関係し,それぞれのサブタイプに標的を絞った治療薬が用いられています(表2)。
まずBRCA1遺伝子に変化がある場合は,ホルモン受容体とHER2がともに陰性である乳がん(トリプルネガティブ乳がんと呼びます)が約70%と多いことが知られています。トリプルネガティブ乳がんの場合,選択できる薬のほとんどはいわゆる抗がん薬であり,その投与方法やスケジュール,副作用の点で大きな負担を強いられることになります。
一方,BRCA2遺伝子に変化がある場合,ホルモン受容体は陽性で,HER2が陰性の乳がんが最も多く,約70%を占めることが知られています。この場合,トリプルネガティブ乳がんとは異なり,抗がん薬だけではなく,ホルモン療法(内分泌療法)も適応となるため,治療の選択肢が広がるという大きなメリットがあります。
最後に,HBOCに発症する乳がんは一般的な乳がんと比べて特別に予後(用語集参照)が悪いということは現時点では証明されておりません。また治療の効きやすさについても特別な違いはないとされています。乳がんの予後と治療の効きやすさは遺伝的な要素の有無というよりも,その性質(サブタイプ)によるところが大きいと考えられています。
一般的にホルモン受容体が陰性の乳がんは病気としての悪性度が高いことが多く,この点ではBRCA1遺伝子に起因する乳がんにトリプルネガティブ乳がんが多いため,HBOCに起因する乳がんでも一見すると予後が悪いように思われているようですが,あくまでも乳がんの性質によるものであることを正しく認識していただきたいと思います。