第2章 HBOCと診断されたら知っておきたい【乳がん】

Q38

HBOCで乳がん治療時に乳房温存療法は勧められますか?

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A

HBOCと診断された乳がん患者さんに対する乳房温存療法にゅうぼうおんぞんりょうほうは,長期的にみると温存した乳房からのがんの発症リスクが高いため,積極的には勧められていません。ご自身の状況や価値観と照らし合わせて,どの術式がよいかを担当医とよく相談してください。

解説

乳房温存療法とは,乳房を部分的に切除し,手術後に温存した乳房に放射線治療を行うことです。温存手術が可能な乳がん患者さんにBRCA遺伝子の病的バリアントがある場合,新たながんの発症リスクを回避するため乳房全体を切除する「乳房全切除術にゅうぼうぜんせつじょじゅつ」を選ぶか,「乳房温存療法にゅうぼうおんぞんりょうほう」を選ぶかを悩む方は多くいらっしゃいます。「遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療ガイドライン2021年版」では,HBOCと診断された方への乳房温存療法は,温存した乳房からのがんの発症リスクが高いため積極的には勧められていません。ただし,生存率に明らかな悪影響はなく,温存した乳房に必ず再びがんができるというわけではないため,乳房温存療法も選択肢の一つとなっています。術式による違いをよく理解したうえで,ご自身の状況や価値観と照らし合わせて,担当医とよく相談して決めることが大切です。

1BRCA遺伝子の病的バリアントの有無による温存乳房からのがんの発症リスク

BRCA遺伝子に病的バリアントがない場合は,乳房温存療法と乳房全切除術の治療効果はほぼ同じであり,治療後のがんの発症リスクにほとんど差はないことが知られています。一方で,BRCA遺伝子に病的バリアントを保持する場合には,乳房温存療法後に温存した乳房から再びがんが発症するリスクが,BRCA遺伝子に病的バリアントのない場合に比べて1.6倍高かったと報告されています。このうち,手術を受けてから7年未満では温存した乳房からのがんの発症リスクに明らかな差はありませんが,手術後7年以上ではBRCA遺伝子に病的バリアントを保持する乳がん患者さんにおいてがんの発症リスクが高くなることがわかっています。
乳房温存療法後の温存した乳房からのがんの発症には,「①過去の乳がんの再発」と,「②新たな別の乳がんの発症」とがあります。がんの部位やサブタイプ(Q29参照)などで両者を区別できることもありますが,区別がつかない場合もあります。多くの研究はこの2つをまとめて報告していますが,BRCA遺伝子に病的バリアントを保持する場合に頻度が上がるのは②のほうだと考えられています。②は過去の乳がん発症後すぐではなく,長期間たってから新たにできることが多くあり,このため過去の乳がん手術から7年以上たった後で,温存した乳房からのがんの発症リスクが高まる結果になったと考えられます。

2HBOCと診断された乳がん患者さんの乳房温存療法後と乳房全切除術後でのがんの発症率・生存率

代表的な2つの研究で,乳房温存療法は乳房全切除術に比べて,手術した乳房からのがんの発症率が高かったと報告されています。ただし,研究の設定にばらつきが多く,結果の確実さは高くはないとされています。生存率についても研究の設定にばらつきがありますが,乳房全切除術と乳房温存療法とで明らかな違いはないものと考えられています。

3乳房温存療法を選ぶ際の注意点

乳房温存療法では,手術後に温存した乳房に放射線治療を行います。乳房温存療法を受けた後に,温存した乳房から再びがんが発症した場合には乳房全切除術が勧められますが,いったん放射線治療を受けた皮膚は血流が悪く,乳房再建を希望した場合,感染などの合併症のリスクが高いことが知られています。また人工物(シリコンインプラント)による再建では,放射線治療後の影響で皮膚の伸びが悪く,シリコンの周りが固くなり縮こまって変形したり,痛みが出やすくなるため,再建にとって条件が悪いといえます。このことも念頭において担当医と話し合うことをお勧めします。