第2章 HBOCと診断されたら知っておきたい【膵がん・前立腺がん・その他のがん】

Q48

HBOC で発症する膵がんに特徴はありますか?

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A

HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん,hereditary breast and ovarian cancerの略)と診断された方が,膵がんを発症する場合,その臨床的特徴(発症しやすい年齢やがんの特徴など)は,まだ明らかではありません。一方,抗がん薬治療においては,BRCA遺伝子の病的バリアントの有無により,効果が異なる可能性があり,治療方針に深いかかわりをもっています。

解説

がんは,一部家系内で発症することがあるといわれています。父母,きょうだい,子どもに膵がんが2人以上発症している場合は,わが国では家族性膵がんと定義されます。この定義に当てはまる膵がん患者さんでは,10~20%程度にBRCA遺伝子をはじめとしたCDKN2A/p16,MLH1,MSH2,MSH6,PMS2,PRSS1,STK11,TP53などの遺伝子に生殖細胞(用語集参照)系列の病的バリアントが認められることが報告されています。最も頻度が高いのがBRCA2遺伝子で,膵がんの約5%と報告されています。これらの遺伝子の病的バリアントは膵がんが発症する可能性を高めるとされており,サーベイランスの対象候補と考えられています。生殖細胞系列の病的バリアントは,家族性膵がんの定義に該当する膵がん患者さんだけではなく,家族に膵がん患者さんがいない膵がん患者さんにおいても4%程度検出されるとの報告があります。

1発症する膵がんの特徴

BRCA遺伝子の病的バリアントを保持し,HBOCと診断された方が膵がんを発症する場合の年齢やがんの特徴について,さまざまな研究結果が報告されています。若くして発症する可能性を示唆する報告がある一方で,BRCA遺伝子に病的バリアントを保持しない膵がん患者さんと特に変わりがないとする報告もあり,診断される年齢については定まった結論はありません。
また,BRCA遺伝子に病的バリアントを保持することが膵がんの治療経過などにどの程度の影響を与えるかについても,研究によってさまざまな結果が示されています。BRCA遺伝子に病的バリアントを保持しない膵がん患者さんに比べて,予後(用語集参照)が良好であるとの報告がある一方で,予後や手術後の再発までの期間に明らかな差はないとする報告もあり,BRCA遺伝子の病的バリアントと膵がんの治療経過についても定まった結論はありません。

2抗がん薬・PARP阻害薬について

切除不能膵がん(手術が適さない進行した膵がん)の標準治療(用語集参照)は化学療法です。一般的に切除不能膵がんに対し,どのような抗がん薬治療が有効であるかを予測する因子は特定されていません。一方,BRCA遺伝子に病的バリアントを保持する膵がんに対しては,プラチナ系抗がん薬の効果が高いとする報告が複数あります。また,BRCA遺伝子に病的バリアントを保持し一次治療にプラチナ系抗がん薬を使用し一定期間(16週以上),がんの進行が抑えられた膵がんに対し,PARPパープ阻害薬そがいやくであるオラパリブという内服薬によって病気の進行が抑えられるという臨床試験(用語集参照)の結果が報告されています。この結果を受け,オラパリブは2020年12月に「BRCA遺伝子変異陽性の治癒切除不能な膵がんにおけるプラチナ抗悪性腫瘍剤を含む化学療法後の維持療法」として健康保険の適用となっています。このように,BRCA遺伝子に病的バリアントを保持することで膵がんの化学療法のマネージメントが異なる可能性があるため,BRCA遺伝子の病的バリアントの有無を治療前に検査することが望まれます。