HBOCに関しては現時点で,日本では出生前診断,着床前診断とも行うことは推奨されていません。
解説
生まれてくる子どもに対して行われる遺伝学的検査には「出生前診断」と「着床前診断」があります。
とてもよく似た言葉ですが,それぞれの検査を行う時期が異なります。出生前診断は,妊娠後におなかの中の胎児の状態を調べることであり,主に子宮内の胎児の周りにある羊水を採取して行います。対して着床前診断は,妊娠前に行う検査であり,体外受精を前提とし,できた受精卵(胚)から一部の細胞を採取して状態を調べます(表)。
しかし,HBOCに関しては出生前診断,着床前診断はどちらも現段階で日本では推奨されていません。
上記の方法で胎児や受精卵(胚)の細胞を採取し,原因となるBRCA1/2遺伝子の変化(病的バリアント:用語集参照)の有無を調べることは技術的には可能です。
ただし,仮に妊娠中に出生前診断を行い,おなかの中の胎児にBRCA1/2遺伝子の病的バリアントが見つかったとしても,日本の母体保護法では胎児の病気を理由とした人工妊娠中絶は「命の選別」につながる懸念があり認められていません。また,HBOCは出産前にわかっていないと赤ちゃんが生まれた際に生命にかかわる危険が起こるような病気ではないため,検査による流産のリスクを冒して妊娠中に診断を行うメリットがありません。
原則として,遺伝学的検査は検査される本人(この場合は,母体ではなくおなかの中の胎児です)の自己決定の権利が尊重されるため,赤ちゃんが生まれた後で,お子さん自身が病気について理解できる年齢になってから検査を実施することが望ましいです。
一方,着床前診断は,妊娠前の段階でターゲットとなる病気をもたない受精卵(胚)を選んで妊娠を目指すことができるのがメリットです。しかし現段階では,BRCA1/2遺伝子のように1つの遺伝子の変化によって起こる病気を対象に行う着床前診断(PGT-M)については,国内では日本産科婦人科学会が定めた指針に基づいて行われており,「成人に達する以前に日常生活を強く損なう状態が発現したり,生命の生存が危ぶまれる状況になる」重篤な病気のみに行うことが認められているため,主に成人後に発症する疾患であるHBOCは該当しません。一方,欧米など海外では各国の倫理観,基準によってHBOCを含めた成人発症の病気に対してPGT-Mを実施している国はあります。2022年現在,日本でも診断対象とする病気の条件を拡大する方向で制度の変更が検討されています。