BRCA1/2遺伝子の遺伝学的検査を受け,病的バリアント(用語集参照)を保持しているとHBOCと診断されます。遺伝学的検査は通常の採血で行われますが,一般に結果が出るまでに3~4週間を要します。遺伝学的検査は,HBOCに関連するがんの診療をしている病院や遺伝子診療部門のある施設で行われます。
解説
HBOCの診断は,一般的には採血による遺伝学的検査〔後述1-1),2),3)〕によって確定しますが,がん細胞を対象とした多遺伝子パネル検査や相同組換え修復欠損(HRD)検査〔後述2-1),2)〕をきっかけとしてHBOCが診断されることもあります。これらの検査の特徴について説明します。
1HBOCであることを確定する検査
1BRCA1/2 遺伝学的検査
スクリーニング検査と呼ばれ,BRCA1/2遺伝子の全塩基配列(用語集参照)を調べます。結果は陽性(病的バリアントあり),陰性(病的バリアントなし),VUS( 臨床的な意義が不明の変化,variant of uncertain significanceの略)の3つのパターンのいずれかで返却されます(Q17参照)。検査は目的により次の2つに分かれます。
(1)HBOCの診断目的
HBOCが疑われる患者さんに対して行う検査です。検査費用は通常は健康保険の適用外で10~20万円ですが,卵巣・卵管・腹膜がんや乳がんの一部(45歳以下,60歳以下のトリプルネガティブ,両側または片方に2個以上,第3度近親者内に乳がんまたは卵巣がんの患者さんがいる,男性)は健康保険(20,200点:3割負担の場合で約6万円)が適用となります(保険適用一覧,Q16参照)。
(2)治療薬の選択目的
PARP阻害薬(損傷したDNAを修復する酵素である「PARPタンパク」の働きを阻害し,がん細胞の増殖を抑制する)の一つであるオラパリブを使用するためのコンパニオン診断(用語集参照)として行う,健康保険が適用となる検査です。現在は,①初回進行(Ⅲ/Ⅳ期)卵巣がん,②がん化学療法歴のあるHER2陰性の手術不能または再発乳がん,③治癒切除不能な膵がん,④転移性去勢抵抗性前立腺がんの患者さん,が対象となります。将来は,適応が拡大される可能性があります。
2シングルサイト検査
BRCA1/2遺伝子の全塩基配列のうち,血縁者で病的バリアントを認めた部分について調べます。結果は病的バリアント陽性か陰性のどちらかとなります。2022年2月時点では健康保険の適用外ですが,適用されているBRCA1/2遺伝子検査より安価(約2~7万円,Q16参照)であり,前述1-1)の検査と比べて短期間(約2週間)で結果が返却されることが多いです。
3多遺伝子パネル検査(MGPT)
複数の遺伝性のがんに関連する遺伝子(数十個)を一度に調べる検査です。血縁者の情報からBRCA1/2遺伝子以外の遺伝子も候補となる場合,MGPTを行うことでBRCA1/2遺伝子を含む遺伝性乳がんに関連する他の遺伝子も1回の検査で調べることができます。合理的な検査ですが,現時点では健康保険の適用外のため,約25~60 万円(Q16参照)の自己負担となる検査です。またこの検査の中には,病的バリアントが見つかってもがんの発症率に関する情報が不十分なもの,医学的管理のエビデンス(科学的根拠)が低いものなどが含まれているため,十分なメリットを得られず,かえって心理的な不安が残るかもしれません。さらに遺伝子数が多くかつバリアントの解釈が難しいものが多く含まれているため,VUS(Q19参照)の検出される率が高い(約30%)といった問題もあります。健康保険が適用されてBRCA1/2遺伝子検査ができるときは,MGPT検査よりも先にBRCA1/2遺伝子検査を行うほうがよい場合がありますので,担当医と相談してください。BRCA1/2遺伝子検査が陰性であり,MGPT検査でさらに他の遺伝子の検査を希望する場合,BRCA1/2遺伝子を含むMGPT検査よりやや安価なBRCA1/2遺伝子を除いたMGPT 検査を提供できる施設もあります。
2HBOC診断の契機となる検査
1がん遺伝子パネル検査
HBOCを診断するための生殖細胞を対象とした遺伝学的検査と異なり,がん細胞を対象とした検査です。がん細胞の中には生殖細胞系列の遺伝情報も含まれるため,多遺伝子パネル検査の結果,HBOCの可能性を指摘される場合があります(コラム5参照)。しかし,これだけでは遺伝性としての確定診断にはなりません。BRCA1/2遺伝子ががん細胞で見つかったときは,約80%が生殖細胞系列の変異(=遺伝性)と考えられるため,前述1-1)あるいは2)の検査でHBOCの確定診断をすることができます。
2相同組換え修復欠損(HRD)検査
がん細胞を対象とした検査であり,ゲノム不安定性(用語集参照)の程度とBRCA1/2遺伝子の病的バリアントの有無を調べます。進行卵巣がんの患者さんにおける,維持療法(初回治療の終了後に続けて薬物治療を行うこと)のコンパニオン診断となっています。検査でBRCA1/2遺伝子に病的バリアントを認める場合,前述2-1)と同様にHBOCの可能性があるため,1-1)あるいは2)の検査で,HBOCの確定診断をすることができます(図)。