乳がんを発症する前に発症のもととなる乳房を切除することをリスク低減乳房切除術(RRM,risk reducing mastectomyの略)といいます。乳がんの発症を高い確率で回避できることは明らかですが,HBOCでは必ずしも乳がんを発症するとは限らず,その実施を検討するにあたり,手術に関するメリットと気をつけるべき点を十分に理解することが重要です。
解説
1リスク低減乳房切除術(RRM)の対象となる方
がん治療の手段として手術が広く行われていますが,「治療」が目的のため対象となるがんがあることが前提です。2020年4月にHBOCに対して日本で初めてがんがない臓器を切除するリスク低減乳房切除術(RRM)が健康保険の適用となりました。ただし,RRMではHBOCの診断がついていることと同時に,乳がんまたは卵巣がんの既発症であることが必要条件であり,乳がんや卵巣がんの未発症者に対するRRMは,現時点では健康保険の適用外となっています。しかしながら,乳がんや卵巣がんを発症していない方においても実施可能な施設でRRMを自己負担で受けることは可能です。
2RRMの効果と限界
RRMの実施については,その効果と同時に限界をよく知っておくことが大切です。RRMによって乳がんの発症を90%以上回避できますが,生存期間を延ばす効果については研究データが不十分です。このことからRRMの最も重要な効果は乳がん発症リスク(がんのなりやすさ)を減らすことといえます。乳がんが発症する「乳腺組織」を発症前に切除することで,将来の乳がん発症を回避するのですが,乳腺組織を手術で完全に切除することはできません。そのため,100%の発症予防効果を得ることはできないという限界を知っておく必要があります。
3RRMを行うタイミング
HBOCに発症する乳がんは30代~40代に多く,40代半ば以降の発症が多い一般の方と比べると若年で発症する傾向があります。しかし,それ以降も発症するリスクは残りますし,HBOCと診断されても100%発症するわけではないことや,乳がんの早期発見のためにサーベイランスを受けるという選択肢もあることから,何歳までにRRMを行うことが適切であるかに答えはありません。病状や生活習慣などから自分にとってベストなタイミングを選ぶことが大切です。
4RRMの術式と特徴
RRMの具体的な方法は乳房全切除術(Bt)が基本となります。また,切除する皮膚の範囲によってBtの他,皮膚温存乳房全切除術(SSM),乳頭温存乳房全切除術(NSM)に分かれますが,SSMとNSMは乳房再建を前提に行われる術式です。実際のイメージを示します(図)。それぞれにメリットとデメリットがあり,SSMやNSMのようにより多く皮膚を残すことは乳房再建術に対してメリットになります。一方ではBtと比べてより多くの乳腺組織が残る(つまり,わずかながんが残ってしまう可能性がある)ことにつながるため,乳がん発症予防の観点から術式の特徴をよく理解しておく必要があります。
5RRMで摘出した乳房にがんが見つかった場合
RRMで切除した乳房内に,術前検査ではわからなかった乳がん(オカルトがんと呼びます)が見つかることがあります。乳がんに対する手術では多くの場合,リンパ節転移の有無を調べ病期(ステージ)を判断するため「センチネルリンパ節生検」という検査を同時に行います。乳房を切除した後ではこの検査を行うことができず,正確なステージを診断することが難しくなります。RRMで切除した乳房に乳がんが見つかった場合は適切な治療が行えなくなる可能性がありますので,RRMの前に十分な画像検査を行っておくことが非常に重要となります(詳しくはQ39参照)。
6RRMを選択しない場合
RRMを受けるかどうかについては,ご自身の意向が優先されるべきですが,希望すればどのような状況でも実施することが望ましいわけではありません。例えば,HBOCと診断されていても乳がんや卵巣がんが進行しており予後(用語集参照)が非常に厳しい場合や,合併する重篤な病気があったり,全身の機能が低下したりしている状況では,RRMを行うことによるメリットが手術に伴うデメリットを大きく下回ると考えられるため,RRMを勧められないこともあります。RRMを受けるかどうかに関しては,そのような点をご家族や医療者と十分に話し合ったうえでご検討ください。